重度脳卒中患者の神経可塑性についてのモデル

現在、脳卒中患者に対して、神経可塑性を促進するための刺激両方(tDCSやTMSなど)が使用されるようになってきています。しかし、神経可塑性のパターンは個人によって異なり、特に重症度や病期に大きく左右されます。ここでは、特に重度な脳卒中患者に対して、神経可塑性を促すための方法を記載します。

上肢に関するレビューですが、以下のレビューを紹介します。

Models to Tailor Brain Stimulation Therapies in Stroke. E.B. Plow,2016

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上肢のリハビリテーションを最大限に促進するために、いくつかの補助的な治療法が提案されている。最も一般的な手法の1つは、運動皮質を刺激することであり、経頭蓋磁気刺激(TMS)や経頭蓋直流刺激(tDCS)などの技術を用いることができる。基本的な前提は,運動皮質を電気的に刺激することで,麻痺した上肢の回復の基盤となる可塑性を高めることができるということである。

しかし、期待されているにもかかわらず、このアプローチの有効性はまちまちであった 。それは、脳卒中患者の神経回復は不均一であることから、一種類の方法論では当然ながら困難である可能性が高い。本報告では、個別化された皮質刺激療法のために患者を層別化するのに役立つ可能性のあるフレームワークとモデルを提案します。

本報告では(1)脳卒中の皮質刺激に対する既存のアプローチは何か?(2)回復をサポートするための代償アプローチは何が考えられるか?(3)個人の回復に最も役立つと思われる代償経路をどのように決定するか?について議論します。

 

1,脳卒中患者の刺激における既存のアプローチとは?

現在のアプローチでは、損傷半球の一次運動野(M1)の可塑性が回復に最も影響を与え、非損傷半球の皮質が同側の可塑性を抑制すると考えられている。したがって、このアプローチでは、損傷半球M1の興奮性を促進し、非損傷半球M1の興奮性を抑制する必要がある。残存しているM1の可塑性が回復を支え、非損傷半球が損傷半球の可塑性を抑制するという前提は、2つの重要な証拠から生まれた。

脳卒中回復のための主要な回復は損傷半球M1である。

非ヒト霊長類モデルを用いて、自然回復と学習に基づくスキルトレーニングの過程で、損傷側M1の領域が再形成されることが示されている(図1)。梗塞によって前肢遠位部を支配する領域のかなりの部分が破壊された後、障害のある遠位前肢を使った熟練作業の訓練を受けると、遠位前肢の残存表現が以前は近位前肢が占めていた領域に拡大していました。このようなM1の周辺領域の急速な変化は,疾患の後遺症を回復させる可能性があり,皮質刺激の標的となる最も人気のある基質となっている。

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図1,前肢遠位部を覆う(黄色)M1の損傷後、トレーニングにより再編成が生じる

Nudo, R. J., Milliken, G. W., Jenkins, W. M., and Merzenich, M. M. (1996a). Use dependent alterations of movement representations in primary motor cortex of adult squirrel monkeys. J. Neurosci. 16, 785–807.

超急性期から慢性期にかけての脳卒中患者は、脳の活性化パターンがどのように変化するかが明らかになり、損傷 M1の重要性が示されました。手の機能が回復してくると、同側のM1に活性化が局在するようになります。しかし、回復が不完全な人は、両側および非損傷側の活性化を示し続けます。これらの研究から、同側部のM1の可塑性を高めることが、回復に大きな影響を与えるというコンセンサスが得られた。

 

○非損傷側の運動皮質の活性化が損傷側の回復を妨げる恐れがある

機能的イメージングの古典的な研究では、不完全な回復を遂げた患者において、対側の運動皮質の活性化が麻痺肢の運動に伴うことが示された。

村瀬らは、非損傷側M1へのTMSを損傷側M1へのTMSの数ミリ秒前にあてると、麻痺筋で誘発された活動が抑制された。抑制効果が大きいほど、麻痺肢の回復が悪くなることがわかった。しかし、これらの対象者は軽度損傷患者や健常者で示されていることがほとんどである。

このように、動物およびヒトの研究から得られたいくつかの証拠が、皮質刺激療法の現在の基準の基礎となっている。現在の基準は、大脳半球間抑制のモデルに基づいています。これは、損傷側M1が最も影響力のある可塑性の中心である一方、その対側が回復に反対するという考えです。したがって、現在の基準では、大脳半球間のバランスを回復させ、損傷側M1の興奮性を高め、非損傷側 M1の興奮性を抑制することで、最大限の回復を目指していることが多い。

しかし、なぜ現在の標準的な刺激では多くの人が恩恵を受けられないのでしょうか。その答えは、大脳半球間抑制モデルの古典的な考え方を逸脱した生理学への影響にあると考えています。

○従来からの半球間抑制に対する考え

比較的軽度な脳卒中患者(発症2-3か月の患者12名)が麻痺種を自由に動かす際、非損傷半球から損傷半球へ抑制性の結合が生じている。また、非損傷半球から損傷半球への抑制が強いほど、麻痺手の運動能力が低下していた。(図3)

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図2,健常成人と脳卒中患者の皮質の結合性の違い。緑の矢印は興奮,赤の矢印は抑制を表す。

(A) 健常成人の安静時における半球内/半球間の機能的結合性。(B) 健常成人における右手の随意運動時の半球内/半球間の機能的結合性。(C) 脳卒中患者(比較的麻痺は軽度な発症2-3か月の患者12名)が右手を自由に動かしているときの半球内/半球間の機能的結合性。(D) 脳卒中患者の一次運動野の大脳半球間抑制と麻痺した手(右手)の運動パフォーマンスの相関。非損傷半球から損傷半球への抑制が強いほど、麻痺手の運動能力が低下していた。

Cortical Connectivity after Subcortical Stroke Assessed with Functional Magnetic Resonance Imaging Christian Grefkes, MD,2008

2,半球間抑制に対する新しい考え

M1は実行運動系に不可欠であると考えられているにもかかわらず、その可塑性の範囲は、軽度の損傷患者にのみ顕著である。一方、M1や皮質脊髄路が損傷した患者では、他の経路が可塑性を発現して回復に寄与することができる。運動皮質領域は、手足の遠位部の動きを生成および制御するために並行して作用することができるため [30]、損傷を受けた場合には、これらの領域が互いに代償する能力を持っていることが考えられます。そのため、標準的な刺激ができない場合、代償領域が新たな回復源となる可能性がある。これらの領域には以下のものがある。

○損傷半球の運動前野が可塑性に重要

可塑性の代償経路としては,運動前野と補足運動皮質(PMCとSMA)のような領域が一般的である。これらの領域は,もともと皮質脊髄路には寄与しないと考えられていましたが、DumとStrick[65]はM1とは別に、これらの領域が手への経路の約40%に寄与していることを示しました。

損傷半球運動前野は、M1とは独立した遠位前肢の制御のための直接的かつ並列的なモジュールを形成している。

これらの領域は、代償の運動出力を提供するだけでなく、その皮質領域は、損傷したM1で典型的に提供される機能を引き受けるようにリマップすることができます。同様に、M1とその皮質脊髄経路に損傷がある重度な患者では損傷半球運動前野でタスク関連のfMRI活性化を示し、損傷の程度に比例して増加することがある(図3,4)。

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図3,赤は手の領域、青は手首の領域であり、特にM1手の領域の損傷が60%以上では運動前野の手の領域が拡大することが動物と人の実験から考えられている

  1. Dancause, “Vicarious function of remote cortex following stroke: recent evidence from human and animal studies,” Neuroscientist, vol. 12, no. 6, pp. 489–499, 2006.

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図4,A.麻痺側M1の皮質脊髄線維の非対称性が大きいほど上肢の運動麻痺は重度である

慢性期(6カ月以上)の脳卒中患者9名が対象、手指手関節の運動麻痺は重度であり、日常生活で麻痺した手を使うことができないことを主訴としました。B-D.麻痺側M1,PMC,SMAの活動が大きいほど上肢運動機能は高く、特にPMCで有意である。E.2人の異なる患者におけるfMRIベースの画像。被験者1(左)はfMRIラテラリティが高く、手の収縮時に同側半球が優位であることを示している。被験者2(右)は、fMRIラテラリティが低く、手の収縮時に同側半球の支配が弱いことを示している。F. 2人の異なる患者のDTIベースの画像。被験者3(左)は、M1のFA非対称性が悪く、同側部から発生する皮質脊髄路の完全性が弱いことを示している。被験者4(右)は、M1 FAの非対称性が良好であり、両半球の神経回路の整合性が同様であることを示している。

Assessment of Inter-Hemispheric Imbalance Using Imaging and Noninvasive Brain Stimulation in Patients With Chronic Stroke David A. Cunningham, MS,2016

○対側運動野の関与

このように損傷が小さく、経路が部分的に温存されている場合には、周辺部のM1やPMCやSMAが、回復を助ける形で再編成されることが可能である。しかし、経路の大部分に影響を及ぼす大きな病変がある場合は、非損傷半球の可塑性に頼る以外に選択肢はない。例えば、ほとんど機能していない患者(上肢Fugl-Meyer=9-12)を対象とした無作為化臨床研究では、12週間のトレーニングによる改善は、同側のM1ではなく、対側の前運動野の活性化と関連していた。(図5)

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図5,重度脳卒中患者の回復に関わる領域

発症後20日前後の重度脳卒中患者を対象に、課題志向的な上肢トレーニングをした群(B)と通常のトレーニングをした群(C)で活性化領域を比較した。上肢トレーニング群は、通常のトレーニングよりも良好な回復を示し、両側の運動前野の活性化が相対的に大きくなっていた。

Arm Training Induced Brain Plasticity in Stroke Studied with Serial Positron Emission Tomography1 G. Nelles,2000

○半球間抑制に対する新たな考え

以上のように、特に重度な患者であれば対側の半球が損傷半球の回復に貢献することが、主に上肢の研究からであるが言われている。

Bestmannらは、両半球へのTMSを用いて、機能障害の少ない患者では、非損傷半球の運動前野と損傷側のM1の間の相互作用は主に抑制性であることを見出し、これは従来の半球間抑制のモデルと一致する。しかし、機能障害の大きい患者では、非損傷半球へTMSをかけると損傷半球への抑制が弱まり、損傷半球 M1からの出力が促進されることさえあった。(図6)

 

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図6,慢性期脳卒中患者10名を対象に、ペアコイルTMSを用いて,非損傷半球PMCが損傷半球のM1に及ぼす大脳半球間の直接的な影響を検証した。良好群(縦軸の上肢機能が高い群)では、非損傷半球PMCへのTMSによりM1からの活動は減少した(半球間抑制が増大)が、不良群(重症群)ではM1からの活動が増大した。

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図7,図6の症例において、麻痺側上肢で握力課題を行った際の活動領域を示す。オレンジが握力課題で上昇した部位であり、不良群ではSMAと両側のPMCの活動の増大を示す。

The Role of Contralesional Dorsal Premotor Cortex after Stroke as Studied with Concurrent TMS-fMRI.Sven Bestmann,2010

これらの考えをまとめると図8のような図になる。従来の考え方では、半球間抑制により非損傷半球は損傷半球の興奮性を低下させるとされていた。しかし、損傷が大きい患者であれば、非損傷半球は損傷半球への抑制を弱める可能性があることが示されている。(正し慢性期での検証が多いことは注意が必要)

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図8,左はM1の損傷が軽度、右はM1の重度損傷症例である。

本文の図

 

3、患者個人の回復にあった経路を決定するには

脳卒中患者の運動機能の回復に関わる領域は様々であることは述べたが、最大の課題は、どの領域・経路が個人の回復を最大化できるかを決定することです。ここでは、刺激療法を個人に合わせて調整する方法を提案されている。

○患者の特徴に基づいて回復を予測するモデル

脳卒中後、誰が回復し誰が回復しないかを予測するには、刺激が最も効果的であると思われる。例えば、TMSで麻痺上肢筋に電位を誘発できた患者では,損傷半球からの経路(特にM1)の興奮性が回復を予測したが,TMSに反応を示さなかった患者では,DTIで捉えた皮質脊髄経路の残存性が回復を予測した(図9)。残存性のレベルが最も悪かった患者(DTIのカットオフ値0.25よりも悪かった)は、非損傷半球から代償経路が運動機能の回復に必要であると考えられた。すなわち、MEPに反応する、あるいは皮質脊髄線維が少しでも残存している患者が同側部のM1を刺激する候補となる。

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図9.麻痺側上肢における個々の回復を予測するための要因を示す。上肢に重度な麻痺を示す慢性期患者に対して、麻痺側および非麻痺側腕橈骨筋へTMSを行い、MEP、拡散テンソルから皮質脊髄線維の差を検出した。その結果、MEPの有無とFA値の差により患者を分類分けすることができた

Functional potential in chronic stroke patients depends on corticospinal tract integrity.Cathy M. Stinear,2007

損傷半球皮質脊髄経路が構造的に存続しているか、あるいは免れている場合、患者は損傷半球M1とその経路をリクルートし、損傷半球M1の標準的な刺激と「抑制的な」非損傷半球M1から恩恵を受けることができる。しかし、損傷半球皮質脊髄経路が大幅に損傷した場合、非損傷半球は抑制的になるのではなく、回復を促すことができる。これを確かめるための刺激として、損傷半球M1や運動前野への刺激と、対側運動前野への刺激を1回ずつ行い、その反応(MEPや運動機能の改善度)から対象とする領域を特定する(図10)。

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図10

本文の図

conclusion

脳卒中リハビリテーションでは、目標とする治療法を導き出すための情報が不足していることが大きな課題となっています。そのため、脳刺激などの効果がまちまちであることがわかっています。ここでは、その理由を説明し、効果のばらつきの主な原因を示しました。また、損傷や障害が大きい患者では、代わりの経路を標的にすることができることを裏付ける証拠を示しています。しかし、脳刺激療法をどのように調整するか、回復のために損傷部位あるいは代償経路のどちらを刺激するのか、患者をどのように層別するかについての情報が不足していることが大きな障害となっている。この目的のために、私たちはさまざまなフレームワークについて議論しています。

--------------------------------------------------------------------------------------------------これらの議論は上肢機能の研究が圧倒的に多く、下肢や歩行機能への研究は少ないです。そのため、これらの知見を下肢や歩行に繋げていく必要があります。