皮質脊髄路の残存性は下肢機能や歩行機能を予測する

今回は、脳卒中後の神経可塑性と下肢機能・歩行能力の回復についてです。

特に上肢の研究に関しては、脳卒中後の損傷半球および非損傷半球の活性化と上肢機能との関連が多く検証されていますが、下肢機能や歩行能力については限られています。そのため、今回はそこにスポットを当てたいくつかの論文のabstruct(図を提示しながら)をいくつか紹介します。

1)Prediction of lower limb motor outcomes based on transcranial magnetic stimulation findings in patients with an infarct of the anterior cerebral artery. Min Cheol Chang,2015

2)Relationships between functional and structural corticospinal tract integrity and walking post stroke.Gowri Jayaram,2012

3)Ipsilateral Motor Pathways and Transcallosal Inhibition During Lower Limb Movement After Stroke.Cleland BT,2021

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1)皮質脊髄路の残存の有無は、下肢機能と歩行能力の回復を予測する

Prediction of lower limb motor outcomes based on transcranial magnetic stimulation findings in patients with an infarct of the anterior cerebral artery. Min Cheol Chang,2015

backgrouund

皮質脊髄路(CST)は、人間の脳内で運動機能に最も重要な神経路の一つである。近年、経頭蓋磁気刺激(TMS)が,脳梗塞患者のCSTの状態を評価し,運動転帰を予測する上で有用であることがいくつかの研究で示されている。しかし、TMSが長期的な運動予後を確実に予測できるかどうかは不明のままであったため、今回の研究ではこれを評価した。

subjects and methods

対称は、発症後24時間以内に、患部の下肢が重力によらず動かせない程度の重度の脱力が認められた14名の患者(男性5名,女性9名,年齢66.5±10.9歳,範囲37~76歳)であった。各患者の運動機能は,梗塞発症時と発症後6カ月目の2回測定した。運動機能の評価は, Motricity Indices(MI)とFunctional Ambulation Category(FAC)スコアを用いて行った。MIは最大スコア100であり、0;動かない,28;触知できる収縮があるが,動かない,42;動くが,フルレンジではない,または重力に抗して動かない,56;重力に抗してフルレンジで動くが,抵抗に抗して動かない,74;抵抗に抗して動くが,対側に比べて弱い,100;正常。股関節屈筋,膝関節伸筋,足関節背屈筋のMIスコアの平均値を示す。FACスコアは15m歩行時に必要な介助のレベルに基づいている。6つのカテゴリーは以下の通りである。0,非歩行,1,1人からの継続的な支援が必要,2,1人からの断続的な支援が必要,3,言葉による監視のみが必要,4,階段や不整地での支援が必要,5,どこでも自立して歩けるでスコアを付けた。

TMSは、発症後7~28日以内に行い、損傷側M1に刺激を行いリラックスした状態の麻痺側前脛骨筋からMEPを得た。そして、急性期に麻痺側前脛骨筋にMEPが出現する人としない人とで、運動機能と歩行機能の変化を評価した。

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図1,TMS(+)群では患部のTAにMEPが誘発され,TMS(-)群では患部のTAにMEPが出現しなかった。

results

MEPがある人とない人で、初期の段階では下肢運動機能と歩行能力に差はなかった。しかし、MEPが出現する人では、運動機能と歩行機能が優位に増大する。TMS試験でCSTの完全性が保たれている患者は、CSTが保たれていない患者に比べて、下肢や歩行の運動機能の回復が良好であることがわかった。また、CSTが温存された患者は、発症後6カ月で全員が自立歩行できた(FAC, 3)のに対し、CSTが温存されなかった患者は、誰かに支えてもらわないと歩けない状態であった。

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図2,TMS(+)は下肢機能・歩行能力が向上した

conclusion

重度脳卒中患者の早期に実施したTMSは,下肢の運動機能や歩行の回復を予測する効果があると考えられる。このように、早期にTMSでCSTの保存を判断することは、最終的な患部下肢の運動機能や歩行機能の回復を予測するのに役立つと考えられる。

 

2)皮質脊髄路の残存が大きいものほど、非損傷半球との接続が大きくなり、非損傷半球からの活動が高いほど歩行速度が遅く運動麻痺が重度である傾向にある。

Relationships between functional and structural corticospinal tract integrity and walking post stroke.Gowri Jayaram,2012

○background and purpose

脳卒中後の上肢の回復に関する研究では,皮質脊髄路(CST)の構造的・機能的完全性が臨床転帰を決定する上で重要であることが強調されている。しかし,下肢の場合にはそのような関係は十分に検討されていない。本研究では,歩行障害の違いがCSTの構造的・機能的完全性の違いと関連するかどうかを検証することを目的とした。

subjects and methods

慢性期脳卒中患者に対して(平均FMスコア23.8)、経頭蓋磁気刺激を用いて各運動野を刺激しながら,両側の外側広筋(VL)から筋電図を採取し,これらの筋電図を用いて、麻痺側および非麻痺側下肢の同側および対側のリクルート曲線を算出した。これらのリクルート曲線の傾きを用いて,脳卒中患者の両半球の運動野から下肢への機能的連結性の強さを調べ,同側と対側の出力の比を機能的連結性比(FCR)として算出した。CSTの構造的完全性は、拡散テンソルMRIを用いて、内包の分画異方性(FA)の非対称性を測定することで評価した。また、下肢の機能障害と歩行速度も測定した。FCR値が1.0を超える場合は、運動皮質と下肢運動ニューロンの間の同側の接続性が主に反映されていると解釈し(麻痺肢に対しては非損傷半球との接続が強いことを指す)、FCR値が1.0未満の場合は、対側の接続性が主に反映されていると解釈した(麻痺肢に対しては損傷半球との接続が強いことを指す)。病変のある内方後脚と病変のない内方後脚の平均FAを算出し、非対称性を計算した。対称的なFA値であればFA非対称性の値は0(皮質脊髄路の残存度が大きい)となり、PLICのFA値の大脳半球間の非対称性が大きければ1に近い値(皮質脊髄路の損傷が大きい)となる。

results

3患者のTMSの結果であるが、非麻痺側下肢筋に関しては非損傷半球にTMSを当てた際の方がMEPの上昇が大きい(FCRが低値)。麻痺側下肢に関しては非損傷半球にTMSを当てた時の方がMEPが上昇する患者もいる(FCRが高値)。

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図1,3患者の両側の外側広筋(VL)から得たMEPとFCR

全患者の情報とFA値、FCR値を記載する。

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表1

FCRと歩行速度の結果より、非損傷半球からの活動が高いほど歩行速度が遅く運動麻痺が重度であった。

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図1

以下に内方後脚のFA値と非損傷半球の活性化との関係(FCR)を示す。

内包後脚のFAの非対称性が大きい人は、非損傷半球の活性化が大きい。

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図2

conclusion

対側の運動皮質と障害側下肢との間の同側連結性が相対的に高い患者は、行動障害が大きく、同側半球のCSTの構造的損傷が大きかった。今回発表された皮質脊髄路の機能的および構造的な測定値と行動結果との関係は、脳卒中後の歩行回復に影響を及ぼす可能性のある要因についての理解を深めるとともに、患者の残存する解剖学的および生理学的な基盤を特徴づける上で、神経生理学的および画像診断技術が補完的な役割を果たすことを示している。また、損傷度が大きい患者でも、歩行速度が維持されているものもいることから、非損傷半球との接続は正の要因にもなりうる。このような評価を行うことは、患者の回復の可能性を最大限に引き出すような、より個別化された治療につながるかもしれません。

 

3)非損傷半球の活性化と下肢機能・歩行能力について

脳卒中患者の下肢運動時には、非麻痺肢に比べて麻痺肢では非損傷半球からの接続が大きくなる。そして、単純課題では非損傷半球からの関与が、複雑課題では損傷半球からの関与が大きくなるものほど歩行能力が高い可能性がある。

Ipsilateral Motor Pathways and Transcallosal Inhibition During Lower Limb Movement After Stroke.Cleland BT,2021

○background and purpose
脳卒中リハビリテーションは、麻痺肢への損傷半球の寄与と,非損傷半球の寄与をよりよく理解することで改善される可能性がある。上肢の研究ではより複雑な課題は(摘まむなど)、非損傷半球よりも損傷半球の活性化が重要であるとされているが、下肢においては課題内容における損傷半球と非損傷半球の活性化の違いは不明である。
脳卒中後の非損傷半球の興奮性は下肢運動課題内容に依存するかどうか、また、これらの要因が歩行能力などと関連するかどうかを明らかにする。

methods

対称は、下肢FMAが平均23点の軽度から-中等度の運動麻痺を持つ慢性期脳卒中患者29名とした。(表1)

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表1,各患者の個人情報と運動麻痺の程度、麻痺側および非麻痺側の歩行中のパラメーターを示す

正弦波をスクリーンに表示し,参加者は正弦波の位置に合わせて足首の背屈と底屈を行う課題を実施した(図1)。課題は、片側のみ足関節を動かす片側条件、両側動かす両側条件、正弦波とは関係なく片側の足関節を等尺的に背屈させる等尺条件を設けた。片側条件では,標的の足関節でタスクを実行し,対側(非標的)の足は静止したままであった。両側条件では、スクリーンに別々に映る波に対して、それぞれの足関節を底背屈した。片側課題と等尺課題は単純課題、両側課題ではより正確さを要する複雑課題として位置付けした

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図1,片側、両側条件では波に合わせて足関節を底背屈させる

また、各課題中に経頭蓋磁気刺激(TMS)を用いて、両側の前脛骨筋への損傷半球からの皮質脊髄興奮性(MEP)と非損傷半球からの皮質脊髄興奮性を算出した(図2)。そして、各課題中の半球間興奮性の指標(ICE)と、皮質内興奮性の指標(iSP,cSP)を算出した。

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図2

results

図3より、同側の相対的な興奮性が、非麻痺側TAよりも麻痺側TAで高いことを発見した。(麻痺肢対する非損傷半球からの接続が強い)

ICEの結果から、脳卒中患者では麻痺肢に対する非損傷半球からの接続が大きいことがわかる。特に、等尺性収縮に比べて、片側・両側課題で有意であった。

iSPの結果から、麻痺側下肢の片側・両側課題では、同側からの影響が大きいと言える。cSPの結果から、麻痺肢に対する非損傷半球からの接続は低下していた。

片側・両側の間での有意差はなかった。

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図3

図4には、図3の結果と各患者の歩行パラメーターとの関連を示す。各課題時の麻痺側TAに対する非損傷半球の関与と歩行速度の間に有意差はなかったが、両側課題時には損傷半球の関与、片側課題時と等尺課題では非損傷半球からの関与が大きいほど歩行速度が速い傾向にあった。これは両側課題のような複雑な課題では、麻痺側TAへの非損傷半球よりも損傷半球の関与が重要であると言える。一方、片側課題や等尺課題のような単純な課題であれば、非損傷半球の関与が重要であると言える。

波に対して、正確に足関節を底背屈できているかどうかは、麻痺側肢の等尺課題時に損傷半球と非損傷半球の両側の接続の大きさと有意差があった。

また、歩行の対称性については、両側課題時の非麻痺側TAへの対側半球からの関与と有意差があった(非麻痺側TAと非損傷半球の接続)。

 

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図4

conclusion

麻痺肢に対する非損傷半球からの経路の接続は、単純な課題である片側課題でもっとも大きかった。また、非損傷半球からの経路の接続と歩行速度の間に有意差はなかったが、複雑な課題である両側課題時に非損傷半球からの関与が少ないほど歩行速度が速く、単純な課題である片側課題と等尺課題時に非損傷半球からの関与が大きくなるほど歩行速度が速い傾向にあった。また、非麻痺側肢に対しては、対側からの経路である非損傷半球からの関与の大きさが歩行対称性に重要な因子であった

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まとめ

今回は、損傷半球からの皮質脊髄路の残存性および非損傷半球の興奮性増大と、下肢機能・歩行機能にどのような影響を起こすのか論文を紹介しました。

これらや、ほかの知見からも損傷半球から麻痺側肢へのMEPが出現する者(皮質脊髄路が残存している者)は下肢機能・歩行能力が高い傾向にあります。

しかし、下肢機能に関する研究は慢性期患者を対象とした研究がほとんどであることや、縦断的な研究は少ないです。また、皮質脊髄路が残存しているのか、していないのかで比較している研究は多いものの、皮質脊髄路が残存していない者同士を対象とした研究は少ないです。特に皮質脊髄路が残存していないものは、非損傷半球からの接続性の増大は歩行能力に正の効果を示す可能性があるため、このような対象に対する知見が必要であるかもしれません。