パーキンソン病患者の歩行特徴(バイオメカニクスとニューロメカニズム)

今回はパーキンソン病患者の歩行特徴についてです。

以下のレビューを中心に話します。(他の文献からも多数引用しています)

Neural Control of Walking in People with Parkinsonism.D. S. Peterson and F. B. Horak,2016

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introduction

パーキンソン病患者は、歩行速度の低下、歩幅の変動、姿勢制御の低下など、衰弱した歩行障害を示しており、これらの障害は、生活の質の低下、頻繁な転倒と関連している(1,2)。最近では、運動前皮質、運動皮質、基底核、小脳、脳幹の構造を含む広範な脊椎上運動ネットワークが報告されており(3)、これらすべての領域の構造と機能が障害され、これらの病理学的および代償的な変化が、パーキンソン歩行の原因となっている。この総説では、まず、これら3つの主要なパーキンソン病歩行障害の基礎について説明する。次に、パーキンソン病患者の歩行障害の原因として、脊髄上の運動領域の構造と機能がどのように変化しているかを説明します。

1,Bloem BR, van Vugt JP, Beckley DJ. Postural instability and falls in Parkinson’s disease. Adv Neurol 87: 209–223, 2001.

2,Muslimovic D, Post B, Speelman JD, Schmand B,de Haan RJ, Group CS. Determinants of disability and quality of life in mild to moderate Parkinson disease. Neurology 70: 2241–2247, 2008.

3,Jahn K, Deutschlander A, Stephan T, Kalla R,Hufner K, Wagner J, Strupp M, Brandt T. Supraspinal locomotor control in quadrupeds and humans. Prog Brain Res 171: 353–362, 2008.

 

1,パーキンソン病患者の歩行障害(バイオメカニクス的観点から)

PDに伴う歩行障害は、ペース、リズム、変動性、非対称性、姿勢制御の5つの独立した領域から構成されると特徴づけられている(図1B)

このレビューでは、これらの領域を3つの主要な歩行障害に統合しました(図1A,1,歩行の遅さ(ペース、リズム)、2変動性と非対称性の増大、3姿勢制御の不良) 

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図1:パーキンソン病患者と健常者との歩行特徴の違いを示す

パーキンソン病患者は、歩行速度の遅さ、変動性の増大、非対称性性の増大が顕著  SV、ステップ速度、SL、ステップ長、Swi、スイング時間、ST、ステップ時間、Sta、スタンス時間、Wid、ステップ幅、sd、標準偏差(歩行のばらつき)、as、非対称性。

本文の図

・歩行の遅さ

歩行速度低下の主な原因は、1)hypokinesia歩幅の減少)/bradykinesia(ケイデンスの増加)、2)rigity 硬直/過緊張です。

パーキンソン病の歩行は、低運動性(例えば、歩幅や腕振りの減少などの小さな動き)と徐運動性(例えば、歩幅や腕振りの速度の低下などの遅い動き)の両方を示します(4)。しかし、ステップの大きさの減少は、ステップの遅さよりも、歩行の遅さのより一貫した要因である可能性があります(5)。PDでは、ステップの運動学および動力学のほとんどの側面(関節角度、地面反力、腕の振りなど)が低下している(図2)。

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 図2,パーキンソン病患者の歩行時の関節運動 健常者と比べて、体幹・下肢屈曲位であり、運動範囲も狭い

Three-Dimensional Gait Biomechanics in Parkinson’s Disease: Evidence for a Centrally Mediated Amplitude Regulation Disorder Meg Morris,2004

4,Curtze C, Nutt JG, Carlson-Kuhta P, Mancini M,Horak FB. Levodopa is a double-edged sword for balance and gait in people With Parkinson’s d

5, Mori S, Nakajima K, Mori F, Matsuyama K. Integration of multiple motor segments for the elaboration of locomotion: role of the fastigial nucleus of the cerebellum. Prog Brain Res 143:341–351, 2004.

・硬直/固縮

固縮は、PD患者に見られる緊張亢進であり、歩行の遅さの原因となっている可能性が高い。PD患者の股関節、体幹、頸部の緊張は、年齢をマッチさせた対照被験者と比較して、30〜50%上昇していることがわかっています(図3)。

股関節の硬直は、歩幅や歩行速度の主な要因である股関節伸展を妨げるため、歩行速度の低下につながります。PD患者では、歩行速度が正常であっても、方向転換による歩行方向の変更が特に遅くなります。体幹の硬さとねじれに対する抵抗力の増加が、PD患者の方向転換速度の低下に寄与していると考えられる(6)。

また、PD患者は、膝や足首などの四肢の異常な緊張を示しており、過剰な屈筋の緊張亢進は、脊柱の屈曲異常、猫背、下肢関節のトルク低下を引き起こす(7)。この異常な姿勢はまた、重心を足よりも前に押し出し、この集団によく見られる突進現象の原因となる。さらに、足首の屈筋と伸筋の過剰な緊張性筋活動は、共収縮と関節の硬さを増加させる(8)。緊張の高まりは、体の重心移動の速度と範囲を遅らせ、関節を安定させるための代償であるかもしれない。

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図3,パーキンソン病患者の健常者と比べた体幹・股関節回旋筋の筋緊張の比較

左図はパーキンソン病患者のレボドパあり、なし、健常での筋緊張亢進程度。右図は筋緊張の左右差を示す。

Axial hypertonicity in Parkinson's disease: Direct measurements of trunk and hip torque.W.G. Wright ,2007

6,Zampieri C, Salarian A, Carlson-Kuhta P, Aminian K, Nutt JG, Horak FB. The instrumented timed up and go test: potential outcome measure for disease modifying therapies in Parkinson’s disease. J Neurol Neurosurg Psychiatry 81: 171–176, 2010

7,Jacobs JV, Dimitrova DM, Nutt JG, Horak FB.Can stooped posture explain multidirectional postural instability in patients with Parkinson’s disease? Exp Brain Res 166: 78–88, 2005.

8,Horak FB, Dimitrova D, Nutt JG. Direction-specific postural instability in subjects with Parkinson’s disease. Exp Neurol 193: 504–521, 2005.

・歩行の変動性と非対称性の増加

PD患者では、歩幅と歩隔の変動性が上昇します(図1)。歩幅と歩隔の変動は、それぞれ異なる原因があると考えられます。内側-外側面で生じるステップ幅の変動は、歩行中にバランスを維持するために中枢神経系が行う活発なステップ間の調整に関係していることを示しており、歩幅の前後方向の変動は、自分で選択した歩行速度の変動と密接に関連しています。歩行パラメータの時間的・空間的な左右非対称性も、パーキンソン病患者で一貫して観察されている(図1)。さらに、静かな立ち姿勢での左右の足の圧力中心の移動速度として測定される姿勢制御の非対称性も、PD患者では上昇していることが示されています(9)。

9,Geurts AC, Boonstra TA, Voermans NC, Diender MG, Weerdesteyn V, Bloem BR. Assessment of postural asymmetry in mild to moderate Parkinson’s disease. Gait Posture 33: 143–145, 2011

・姿勢制御の低下
PD患者は、立位では姿勢の揺れの面積、速度、揺れが大きく、安定限界が低下する。安定限界は、PD患者では特に後ろ向きの姿勢が損なわれ(10)、抗パーキンソン薬を服用する前のごく初期のPDでも観察される。
実際、PD患者に特徴的な屈曲した柔軟性のない姿勢は、体の重心が前方に位置することになり、おそらく後方への転倒を防ぐためであると考えられる。

また、PD患者は予測的姿勢制御(APA)も障害される。歩行開始時の圧力中心の横方向への移動は、踏み出した足を持ち上げるために必要であるが、PD患者に見られるゆっくりとした小さなAPAは、ステップ開始の遅れやステップ幅の減少と関連している。その結果、すくみ足が出現する(図4)。

また、PDの人は、課題や環境に応じて姿勢を素早く適応させる能力も変化している(11)。Chongらは、予期せぬ外乱が起きた場合、健常者は姿勢筋の活性化パターンを変化させることで、すぐに姿勢反応を適応させることを示しました。しかし、PDの人たちは、課題の条件や文脈の変化に合わせて姿勢反応を変化させることができない。しかし、PD患者は反復することで最終的に歩行とステップのパターンを適応させることができます(12)。

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図4,健常者、パーキンソン病患者のレボドパON,OFF群での開脚・閉脚立位から歩行開始する際のCoPの変化量を示す。開脚立位では、CoPの変化量を大きくする必要があるが、PD患者は不十分

Step initiation in Parkinson’s disease: Influence of initial stance conditions.Laura Rocchi,2006

10,Huxham F, Baker R, Morris ME, Iansek R. Head and trunk rotation during walking turns in Parkinson’s disease. Mov Disord 23: 1391–1397, 2008.

11,Boonsinsukh R, Saengsirisuwan V, Carlson-Kuhta P, Horak FB. A cane improves postural recovery from an unpracticed slip during walking in people with Parkinson disease. Phys Ther 92: 1117–1129, 2012.

2,PDの歩行の遅さとすくみ足の神経学的基礎知識

・直接路と間接路の変化

図5は、PD患者における大脳基底核の病態生理の「レートモデル」を示しています。このモデルでは、黒質部の神経変性により、淡蒼球の外節の抑制が増加し、淡蒼球の内節の抑制が減少します。これにより、内側の淡蒼球が過剰に興奮し、その結果、視床やPPNへの抑制が強まることになる。間接経路の過活動と直接経路の過小活動により、大脳基底核出力構造(GPi)から視床や脳幹への抑制性出力が増加し、最終的に歩行を含む運動の振幅が減少する。

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図5,パーキンソン病患者の直接路、間接路の変化を示す

緑の矢印は興奮性、赤の矢印は抑制性の投射を表す。矢印の太さは投射の相対的な発火率を表し、破線の矢印はSNpcのD1およびD2の線条体へのドーパミン系投射が相対的に減少していることを示す。SNpcは網状黒体、GPeは淡蒼球外節、GPiは淡蒼球内節、STNは視床下核を意味する。

本文の図

基底核からの抑制性の出力により歩行の自動的制御が障害される

基底核の出力の増大は、歩行の自動的制御である中脳歩行誘発野(MLR)や間接的に脊髄CPGの機能を低下させる。また、このような自動的制御の障害により、歩行が随意的な運動へと移行してしまう。

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図6,パーキンソン病患者による皮質-皮質下機能の変化を示す

本文の図

パーキンソン病患者では補足運動野(SMA)の機能が徐々に低下する

発症早期であれば、このような歩行の自動的制御を担う皮質下の機能を補足運動野(SMA)などが代償し、歩行が遅くよりになる。一部の文献でこの代償は、SMA-STN(視床下核)経路であるハイパー直接路が担うとも言われている。

しかし、基底核の出力の変化は、外側視床の過剰な抑制と、被殻と強い接続を持つSMAや一次運動皮質などの興奮の低下を徐々にもたらす(図6)。

SMAは内的な運動制御に関与しており、習慣的運動に重要である(図7)。習慣的運動とは、あまり注意したり考えたりすることなく、素早く自動的に実行される運動であり、点滅する信号に対して自然に進んだり止まったりするような反復的な練習により発達する反応や、目の前に置かれた食べ物に自然と手を伸ばすような反応(報酬)などがある(Schneider and Chein, 2003)。

そのため、SMAの機能低下が生じると歩行はさらに認知的な情報が必要(随意的)となり、遅く小刻みな歩行や、運動制御の障害によりAPAや自動的歩行の障害が生じる可能性がある。

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図7,背外側前頭前野、前頭眼野、補足運動野と基底核の役割

青色はDLPFC(背外側前頭前野)から尾状核への投射であり、実行機能(集中的・持続的な注意、ワーキングメモリ、認知的柔軟性)などに関与し、特定の目標を達成するために必要な動作の順序を意識的に計画するための基礎となる。学習の初期の段階に重要でああり、動きは遅く、一貫性がなく、非効率的です

赤色は前頭眼野から尾状核への連想段階である。OFCとその尾状核への投射が関与し、意思決定のプロセスを制御し(Schultz, 2006)、報酬に基づく運動学習に不可欠である意識的な意志は依然として必要ですが、認知的な活動は徐々に少なくなっていきます。DLPFCが主に尾状核の中央部に投射するのに対し(Haber, 2016)、OFCは腹側線条体の中央部および外側部に投射する

緑色は、自動制御の段階であり、被殻とそのSMAへの投射が行われる。動作の順序は正確で、一貫性があり、効率的で、大部分が自動的に制御されるようになる。(図は単純に物品を運搬する様子を指す)

Basal Ganglia and Beyond: the interplay between motor and cognitive aspects in Parkinson’s disease Rehabilitation. Davide Ferrazzoli,2018

パーキンソン病患者では補足運動野と視床下核の繋がりが変化する

このSMAの機能変化は上記も触れたSTN(ハイパー直接路)との接続を変化させる。

図8で示すようにパーキンソン病患者の中でもすくみ足がない患者であれば、SMAとSTNの接続は増大するが、すくみ足が増大する患者では接続が減少することを示している。このハイパー直接路の障害については文献によっても異なるため、注意は必要。(パーキンソン病患者では過興奮となるいう文献や、SMAの機能低下により抑制されてしまうなど、原因やメカニズムはまだ曖昧)

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図8,健常者とパーキンソン病患者でのSMAとSTNの機能接続の強さの比較

Functional Reorganization of the Locomotor Network in Parkinson Patients with Freezing of Gait.Brett W. Fling,2014

・すくみ足の原因とメカニズム

すくみ足は発作的に起こるが、特定の運動(例:旋回)、認知(例:デュアルタスク)、情動(例:脅威的な状況)、環境(例:狭い出入り口)が引き金となることが多い 。

上述したように、パーキンソン病患者の歩行の随意的な運動制御への移行は、大脳基底核や脳幹の自動経路の機能障害を部分的に補うものであるが、健常人よりも多くの注意を必要とする。通常、多くの注意を要する課題ではSTNを経由するハイパー直接路や間接路が、動作の切り替えや適切な反応の選択のための時間を確保する。しかし、パーキンソン病患者では、定常歩行であっても多くの注意が必要なため、それに障害物回避など認知的な負荷が加わってしまうと、情報を選択するための時間がより必要となる。そのため、過剰にSTNからの出力が増大し大脳基底核からの抑制を強め、すくみ足が生じる可能性がある。さらに、内発的な運動にかかわるSMAの機能が低下してしまうと、動作の切り替えに時間を要するため、容易にすくみ足が出現してしまう可能性がある。

このように、視床下核の過剰興奮がすくみ足の原因となるとは一貫して言われている。

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図9,健常者の歩行とすくみ足歩行の神経メカニズム

左:健常者では大脳基底核出力部からの抑制は減少し、自動的な歩行が賦活される。このとき、視床下核はpreSMAにより抑制されている。

右:パーキンソン病患者では、二重課題など情報量が増大すると、STNが過興奮となり、基底核からの抑制性出力を高めてしまう。また、pSMAの機能障害により、STNとのコミュニケーションがうまくいかなくなると、情報量があまり増大しないような状態でもSTNは容易に興奮状態となり、抑制がさらに増大する。

The role of frontostriatal impairment in freezing of gait in Parkinson's disease.James M. Shine,2013

3,PDの歩行のばらつきと非対称性の神経学的基礎知識

PD患者の歩行のばらつきや非対称性はよく知られていますが、この障害の神経的な背景はよくわかっていません。ある仮説によると、自動歩行から随意的なステップへの代償的な移行により、歩行の変動が大きくなる可能性があります(図6)。

 実際健常者であっても、二重課題歩行が変動性に繋がると言われている。そのため、PDによる歩行の自動制御の障害が、歩行中の変動性の増加につながることをさらに裏付けるものである(13)。

Bostan AC, Dum RP, Strick PL. Cerebellar networks with thecerebral cortex and basal ganglia. Trends Cognitive Sci 17:241–254, 2013.

4,cueingがパーキンソン病患者に有効なメカニズム

PD患者では、SMAの機能が低下しやすいため内的な運動制御が困難である。

対照的に、PDで小脳の活動が増加するのは、SMAを含む他の構造体の活動低下を補おうとしているのかもしれない。花川氏らは、視覚的な手がかりを使うことで、PD患者の歩行が改善され、小脳と外側の運動前野が特に活発になることを示した。小脳によって部分的に制御されている運動前野は、外部からの手がかりによる動作に関係しています(14)。したがって、PD患者では、小脳が外部からの手がかりを用いて歩行を制御し、大脳基底核やSMAを介した内部で生成される運動の低下を補っている可能性がある。実際、cueingは様々歩行パラメーターやすくみ足の改善を報告されている(図10)が、どれも即時的な効果が多く、長期的な効果の報告は少ない(改善する報告もある)。これはおそらく、歩行の制御が目標指向の戦略から、自動的に処理されるように戻ったときに起こると考えられる[15,16]。さらに、患者がどこにいても支援できるような歩行介入として、キューイングを提供することは特に困難である。

そのため、最近では脳への深部刺激が推奨され始めている。(今回は省略)

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図10,cueingの即時効果

Walking Turns in Parkinson's Disease Patients with Freezing of Gait: The Short-term Effects of Different Cueing Strategies. Pei-Hao Chen,2016

14,Samuel M, Ceballos-Baumann AO, Blin J, UemaT, Boecker H, Passingham RE, Brooks DJ.  Evidence for lateral premotor and parietal overactivity in Parkinson’s disease during sequential and bimanual movements. A PET study. Brain 120: 963–976, 1997.

24, de Lima-Pardini AC, Papegaaij S, Cohen RG, Teixeira LA, Smith BA, Horak FB. The interaction of postural and voluntary strategies for stability in Parkinson’s disease. J Neurophysiol 108:1244–1252, 2012.

61, Huxham F, Baker R, Morris ME, Iansek R. Head and trunk rotation during walking turns in Parkinson’s disease. Mov Disord 23: 1391–1397, 2008

 

まとめ

今回パーキンソン病患者の歩行特徴とその神経メカニズムについて述べましたが、特にすくみ足などについてはまだまだ一貫性は乏しい状態です。そのため有効なアプローチも限られており、理解を深める必要があります。