歩行の代償戦略

今回は、歩行の代償戦略についてです。

歩行は複雑な動作だけに、複数の筋が筋力低下を起こしたとしても、様々な代償によりそれらの筋を補いながら歩くことができます。そのため、それらの代償がどの筋を補うために生じているのかを、明確にすることは大変重要です。(脳卒中などでは特に)

そこで、そのような歩行の代償戦略について、以下のシステマティックレビューの一部を紹介します。

Secondary gait deviations in patients with and without neurological involvement:

A systematic review.Stefan Schmid,2013

--------------------------------------------------------------------------------------------------

Secondary gait deviations in patients with and without neurological involvement:

A systematic review.Stefan Schmid,2013

 

background   

健常人の歩行は、外部モーメントを適切に利用することにより、エネルギーを効率的に変換することが可能となっています。しかし、変形(関節の拘縮や骨の変形など)、筋力低下、感覚の喪失、運動制御の障害、痛みなどを引き起こした場合は、これらの制御されたパターンを阻害するため、適切な機能を維持するためには積極的な代償戦略が必要となる場合があります。

そして、代償には、一次的な障害から物理的結果として生じた受動的な代償と、一時的な障害を補うために生じる能動的な代償があります。受動的な代償の例としては、内反尖足が生じた脳性麻痺患者の歩行でみられる体幹前傾運動などがあげられます。(図1)

      f:id:onishisora23:20210325195215p:plain

図1:CP患者の歩行

Effects of plantarflexion on pelvis and lower limb kinematics.R. Brunner,2008

 

また、能動的な代償としては、弱い膝伸展筋を補うために見られる体幹前傾や膝の過伸展歩行などがあげられます。(図2)

f:id:onishisora23:20210325225401p:plain

図2:膝伸展歩行患者の歩行代償の例

Gait pattern in Duchenne muscular dystrophy. Maria Grazia D’Angelo,2009

 

このように、様々な代償戦略があるため、どこを代償しているのか、どこの機能が低下しているのかを明確にすることは大変難しいことです。また、その原因が間違って特定されると、不必要または効果のない治療が行われる可能性があります。(※1)

purpose

症例やシミュレーション研究により得た結果を下に、それぞれの代償がどこの機能を補うためのものかを明確にすること。(今回の要約は筋力的な代償研究だけを抜粋)

 

result

本文中の以下の表をもとに話していきます。

f:id:onishisora23:20210325194955p:plain

表1:左のそれぞれの赤線が一時的機能障害であり、右がそれによる代償戦略を示す

 

①股関節伸筋の筋力低下に対する代償戦略

股関節伸筋の筋力低下は、体幹伸展位(sway back)で歩行することで代償できる。(図3)

これは、体幹の重心を股関節中心の後方に維持することができるからだと考えられる。

つまり、体幹伸展位歩行は股関節伸筋の活動を避けるための戦略になるうる。

f:id:onishisora23:20210326042452p:plain

図3:脊髄髄膜瘤患者41名をMMTの結果からグループ分けした図と、それぞれの歩行特徴を示す

Characteristic gait kinematics in persons with lumbosacral myelomeningocele. Elena M. Gutierrez,2003

 

②股関節外転筋の筋力低下に対する代償戦略

股関節外転筋の筋力低下は、デュシェンヌ歩行で代償できる。(図4)

これは体幹側屈により、股関節外転モーメントを減らすためである。

つまり、デュシェンヌ歩行は股関節外転筋の活動を避けるための戦略になりうる。

f:id:onishisora23:20210326045817p:plain

図4:股関節外転筋の筋力低下を伴うぺルテス病患者が対象。点線は健常人、赤線が患者を示す

Computerized gait analysis in Legg Calve´ Perthes disease—Analysis of the frontal plane. Bettina Westhoff,2006

 

③膝伸展筋の筋力低下に対する代償戦略

体幹前傾・骨盤前傾、膝の過伸展などで代償できる。(図2と同様)

これは、体幹を前傾させることで、身体重心を膝関節中心より前方に維持し、負荷を減らすことができるためだと考えられる。

また、これにはハムストリングスや底屈筋が関与する。

つまり、体幹前傾や膝過伸展歩行は膝関節伸展筋の活動を避けるための戦略になりうる。

f:id:onishisora23:20210325225401p:plain

図2:膝伸展歩行患者の歩行代償の例

Gait pattern in Duchenne muscular dystrophy. Maria Grazia D’Angelo,2009

 ④底屈筋の筋力低下に対する代償戦略

立脚中期で膝関節を過伸展させる(図4)

立脚期を通して、股関節・膝関節伸筋の筋活動を増大させる(図5)

立脚期後半で、股関節屈筋による振り出しを助長させる(図6)

立脚期後半で、股関節伸展角度(TLA)を増大させる

などで代償できるとされています。

これは立脚期で体重を支持するために底屈筋が大きく関与していることや、振り出しの際には股関節の屈筋とトレードオフな関係にあることを示している。

底屈筋は様々な筋の代償を担うことができる筋であり、底屈筋の筋力低下は様々な筋の負担を増大させる。

f:id:onishisora23:20210327104501p:plain

図4:脳卒中患者20名に対して、膝の過伸展がどの筋の筋力低下と関係があるのかを示した図

底屈筋の筋力低下がない患者では、MStで膝の過伸展を起こす人はいなかったが、筋力低下すると有意に増大

The Relationship of Lower Limb Muscle Strength and Knee Joint Hyperextension during the Stance Phase of Gait in Hemiparetic Stroke Patients. Allison Cooper,2011

 

f:id:onishisora23:20210327111456p:plain

図5:実線が底屈筋の筋力低下を示す脳卒中患者であり(CF,9名)、点線が健常人(CON,15名)のグラフを示す。右図は各関節の総仕事量を示す。

Evaluation of the Walking Pattern in Clubfoot Patients Who Received Early Intensive Treatment.

Tine Alkjær, M.Sc.,2000

 

f:id:onishisora23:20210327113540p:plain
図6: Charcot-Marie-Tooth patients患者を底屈筋の筋力低下を示す群(細い黒線)、比較的維持されている群

(グレー)、健常人(太い黒線)に分けた時の股関節モーメントを示す

 ⑤複数の筋の筋力低下に対する代償戦略

膝関節や足関節周囲の同時収縮(図7)

足関節底屈筋の過活動や、活動時間の延長などで代償できるとされています。

f:id:onishisora23:20210327120423p:plain

図7:複数の筋の筋力低下を示す整形疾患のおける歩行時の同時収縮

Abnormal EMG muscle activity during gait in patients without neurological disorders. R. Brunner,2008

 ⑥遊脚期でのクリアランスの低下に対する代償戦略

遊脚期での骨盤の挙上(図8)

遊脚期での股関節・膝関節の過屈曲などで代償できるとされています。

分回し歩行も、取り上げられていますが、最近はそれよりも骨盤挙上がクリアランス低下の代償であると言われています。

f:id:onishisora23:20210327122719p:plain

図8:脳卒中患者18名と健常人8名における遊脚期における骨盤傾斜角度

Biomechanical impairments and gait adaptations post-stroke:Multi-factorial associations.

Theresa Hayes Cruz,2009

 ⑦腰椎前弯の減少に対する代償戦略

膝関節屈曲歩行と関係しています。(図9)

それは、腰椎前彎の減少により身体重心が前方化するため、膝関節を屈曲させることでバランスをとっていると考えられます。

f:id:onishisora23:20210327125042p:plain

図9:腰椎後湾患者における歩行時の下肢関節角度を示す

Characterization of Gait Function in Patients With Postsurgical Sagittal (Flatback) Deformity A Prospective Study of 21 Patients Vishal Sarwahi, MD,2002

 ⑧前足部接地歩行に対する代償戦略

背屈筋の活動を低下させ、底屈筋の活動を増大させる(図10)

これは、COPの前方変位により、床反力が足関節の前方を通るためである。

また、前足部接地歩行は足関節背屈筋の活動を避けるための戦略としても使用される。

f:id:onishisora23:20210327131950p:plain
図10:薄い線は12名の脳性麻痺患者であり、黒い線は健常人を示す

An electromyographic analysis of obligatory (hemiplegic cerebral palsy) and voluntary (normal) unilateral toe-walking.J. Romkes,2007

 

conclusion

初めに述べたように、歩行の逸脱は(1) 病態に直接起因する一次的逸脱、(2) 二次的逸脱は、(a)一次的逸脱に対する物理的影響として生じる受動的二次的影響、(b)一次的逸脱と二次的物理的影響を積極的に相殺するために作用する能動的二次的逸脱(compensations)に分けられるべきである。そして、治療計画を立てるためには、二次的な歩行の逸脱に関するより良い、より包括的な知識が今後重要になる。

Stebbins J, Harrington M, Thompson N, Zavatsky A, Theologis T. Gait compensations caused by foot deformity in cerebral palsy. Gait and Posture.2010;32(2):226–30.

--------------------------------------------------------------------------------------------------

まとめ

かなり抜粋しましたが、歩行の代償戦略について述べました。

バイオメカニクス的な知識があればある程度は考えることができるものの、このようにまとめらたものを読むことで、より根拠を持って原因を明確にできるはずです。