筋シナジーとバイオメカニクス的歩行の質の関係

今回は、脳卒中患者における、筋シナジーバイオメカニクス的歩行の質(関節角度や足の長さなど)の関連性についての以下の論文を紹介します。

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Predictive Gait Quality Measures using Modular Neuromuscular Control Parameters in Chronic Post-Stroke Individuals. Sung Yul Shin,2020

 

introduction

片麻痺患者の歩行特徴として、関節の運動(joint kinematics)や四肢の運動(limb kinematics)の非対称性が指摘されてきている。特に、joint kinematicsに関しては、麻痺側の股関節伸展、膝関節屈曲伸展、足関節背屈運動の非対称性などがあり、limb kinematicsに関しては、下肢の長さや下肢伸展角度などが挙げられる(図1)。

また、脳卒中による大脳皮質の損傷は、脳幹からの下行路や脊髄内運動ネットワークの抑制や過興奮を引き起こすことが知られており(図2)、この結果、歩行時の筋シナジーが単純化または統合され、これが歩行パフォーマンスの低下につながるとされている。(図3)

しかし、このような中枢神経系の障害が、歩行の質(特にjoint kinematicsやlimb kinematics)にどのように影響するのか、その因果関係は明らかになっていない。

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図1:片麻痺患者において、歩行速度が向上するにつれて、joint kinematicsやlimb kinematicsの非対称性が改善する

(※1)Does kinematic gait quality improve with functional gait recovery? A longitudinal pilot study on early post-stroke individuals Sung Yul Shin,2020

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図2:大脳皮質の損傷後は、運動の出現に脳幹下行路の興奮性の向上が関与する

Post-stroke Hemiplegic Gait: New Perspective and Insights.2018

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図3:歩行速度や歩幅の非対称性に筋シナジー数の低下は関与する

Clark DJ, Ting LH, Zajac FE, Neptune RR, Kautz SA. Merging of healthy motor modules predicts reduced locomotor performance and muscle coordination complexity post-stroke. J Neurophysiol 2010;103(2):844—57.

 

object

脳卒中患者の歩行における、筋シナジーバイオメカニクス的歩行の質(関節角度や足の長さなど)の関連性を明らかにすること

 

subjects

慢性脳卒中(6か月以上)の患者16名(左半身麻痺6名,男性12名,年齢:62.9±11.1歳)を本研究に参加させた。

参加基準は、脳卒中発症後6カ月以上経過し、歩行速度にかかわらず転倒せずに自立歩行が可能であり、Modified Barthel indexが70点以上であることとしました。除外基準は,知覚・認知機能障害があり,Modified Ashworth Scaleが3点以上であることとした。(図4,患者情報)

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図4

 

methods

各被験者の地上歩行中に,下半身全体の三次元運動学と筋電図のデータを同時に収集した。歩行運動データは,8台のカメラで構成されたVICONモーションキャプチャーシステム(MX T-series Vicon Motion Systems Ltd, Oxford, UK)を用いて100Hzで取得した。表面筋電図データは、Delsys Trigno(Delsys, Inc., Natick, MA)を用いて、長母指伸筋(𝐸𝐻𝐿)、前脛骨筋(𝑇𝐴)、ヒラメ筋(𝑆𝑂)、腓腹筋(𝐺𝐴)、外側広筋(𝑉𝐴)、大腿直筋(𝑅𝐹)、半腱様筋(𝑆𝑀)、大腿二頭筋(𝐵)などの筋上に設置した。

筋モジュール 処理されたEMG信号は、非負行列因子化(NNMF)を用いて、筋群の重み付けと活性化のタイミングパターンに分解された。 NNMFでは,再構成品質基準であるVariability accounted for 𝑉𝐴𝐹(筋活動のパターンがいくつの筋シナジー数で説明できるか) ≥ 90%に基づいて,筋モジュールの最小数を決定した。

limb kinematicsのパラメータには、脚伸展角(𝐿𝐸𝐴)、肢長、足道面積(𝐹𝑃𝐴)が含まれ、joint kinematicsのパラメータは,股関節の全回転,膝関節の屈曲伸展,足首の背屈を含む,選択した関節の可動域(RoM)として定義した。

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図5:実験概要

麻痺側および非麻痺側の筋活動と関節角度を測定→麻痺側および非麻痺側の筋シナジーを特定、歩行の質の非対称性を特定→筋シナジーと歩行の質の関係を明確にする

 

results

①各患者の歩行時の麻痺側及び非麻痺側のモジュール数

麻痺側および非麻痺側のモジュール数の合計が4以下をグループ1に、5以上をグループ2に分類している。

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図6:MMus:非麻痺側のモジュール数 MMas:麻痺側のモジュール数

MMtotal:麻痺側と非麻痺側のモジュール数の合計 subject ID:患者のID  Number of subjects:患者の合計

②グループ1とグループ2における非対称性の比較

グループ2に比べてグループ1では、下肢の長さ、面積、股関節屈伸・内外転、膝屈伸角度に有意差を認めた。(図7)

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図7:グループ1と2での歩行非対称性の結果

③②で有意差を認めた下肢の長さ、面積、股関節屈伸・内外転、膝屈伸角度の非対称性とモジュール数の関係

股関節屈伸角度以外の項目で、モジュール数の増大は非対称性の減少に関係していた

図8:モジュール数と非対称

④各項目(spatiotemporal characteristics,limb kinematics,joint kinematics)の非対称性とVAFや個々の筋活動との関係

各項目は、VAFや筋活動(特に大腿四頭筋や前脛骨筋)と関連している傾向にあった。

特に、脚の長さや面積、膝の屈曲伸展角度はVAFとの関係が強かった。

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図9: multiple regression model:各項目の対称性が高くなる時の式 R2:その式が各項目の何割を説明できるか


conclusion

脳卒中後に筋モジュールの数が減少した人は、歩行の質の指標、特に運動学レベルで大きな非対称性を示すことがわかった。

また、それらのパラメータは、筋モジュールからの変動説明(𝑉𝐴𝐹)と、大腿四頭筋や前脛骨筋の筋活動により説明することができた。

この結果から、神経筋制御指数と運動学的歩行の質の間には強い相関関係が存在することが示唆された。

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まとめ

いくつかの論文では、limb kinematicsやjoint kinematicsが、大脳皮質に制御されているという可能性があげられています。

今回の論文はそれを裏付けるものであり、筋シナジーと運動学的歩行の質には関係がある可能性が高いと言えます。

この論文では、筋シナジー数を麻痺側および非麻痺側の合計で区別しており、この分類方法が適切であるのかは不明です。

また、ステップワイズ重回帰分析により、leg extention angleが麻痺側大腿直筋と関連していることなどが示されましたが、この理由は不明です。