歩行適応に関わる領域

今回は歩行の適応についてのレビューを紹介します。

歩行の適応には、もちろん脳の様々な部位が関係しておりますが、適応の段階ごとに関与する部位も異なるようです。

Understanding Human Neural Control of Short-term Gait Adaptation to the Split-belt Treadmill.Dorelle C. Hinton,2020

--------------------------------------------------------------------------------------------------

introduction

私たちは、歩行パターンを調整して適応させる能力を、各脚が独立して駆動するスプリットベルト式のトレッドミルを用いて研究してきました。

スプリットベルトの適応の過程には調整(adjustment)、適応(adaptation)、貯蔵(storage)がある。調整は、スプリットベルトトレッドミルを初めて体験したときに起こる、両脚支持期に費やす時間と歩行サイクル時間の増加、遅いベルトでの立脚に費やす時間の増加、速いベルトでの遊脚に費やす時間の増加が含まれる(Dietz et al., 1994; Prokop et al., 1995; Reisman et al., 2005; Zijlstra and Dietz, 1995)。適応は、非対称の歩行サイクルをよりスムーズで対称的なパターンに変えていく過程である。運動学的には、適応の過程で地面反力と下肢筋活動が減少し、典型的な定常状態の歩行と同程度のレベルになります(Dietzら、1994年、Mawaseら、2013年、Ogawaら、2012年、2014年、2018年)。スプリットベルトを長時間使用すると、運動適応、すなわち運動に関する内部感覚運動マップの再編成が起こります。この再編成は、新たに学習した効率的な運動パターンを、スプリットベルト歩行という変化した状況に適用することを予測している。貯蔵とは、摂動が取り除かれて環境が正常に戻ると(すなわち、ベルトが同じ速度に戻ると)、後遺症と呼ばれる運動エラーが発生するが、以前に適応したパターンの記憶により再度対照的な歩行を可能になる段階である。

Dietz V, Zijlstra W, Duysens J (1994) Human neuronal interlimb coordination during split-belt locomotion. Exp Brain Res101:513–520

Reisman DS, Block HJ, Bastian AJ (2005) Interlimb coordination during locomotion: what can be adapted and stored? J Neurophysiol 94:2403–2415

Zijlstra W, Dietz V (1995) Adaptability of the human stride cycle during split-belt walking. Gait Posture 3:250–257.

Mawase F, Haizler T, Bar-Haim S, Karniel A (2013) Kinetic adaptation during locomotion on a split-belt treadmill. J Neurophysiol 109:2216–2227.

Ogawa T, Obata H, Yokoyama H, Kawashima N, Nakazawa K (2018) Velocity-dependent transfer of adaptation in human running as revealed by split-belt treadmill adaptation. Exp Brain Res 236:1019–1029.

porpose

スプリットベルトトレッドミルに対するヒトの歩行適応の神経制御に関する主要な仮説をまとめるために、最新のモデルを提供するために文献を系統的にレビューすること

 

result

①小脳と歩行適応

図1に示すように小脳はadaptationとstorageに特に大きく関与する可能性が高い。

f:id:onishisora23:20210428082722p:plain

図1:小脳患者と歩行適応のレビュー

1,Cerebellar Contributions to Locomotor Adaptations during Splitbelt Treadmill Walking Susanne M. Morton,2006

3,Adaptation and aftereffects of split-belt walking in cerebellar lesion patients

Wouter Hoogkamer,2015

1の文献(Mortonら)は、ICARSのスコアが30以上、姿勢とゲイトICARSのサブスコアが10以上の重度小脳失調患者が対象であり、失調スコアが重症な患者では、スプリットベルトの非対称性は改善されず、aftereffect(strage)も少なかったと報告されている(図2,3)。

f:id:onishisora23:20210428083827p:plain

図2:重度小脳失調患者はスプレッドベルトの歩行適応が全体的に障害

f:id:onishisora23:20210428084320p:plain

図3:重度小脳失調患者はスプレッドベルト後のaftereffect(strage)が障害

一方、3の文献はICARSスコアは0〜19であり、10以上のスコアを持つ患者は3人だけの軽傷患者が対象である。失調スコアが軽症である場合では、adaptation時の下肢関節角度は健常者と同様になるが、立脚期時間は健常者と比べて非対称性が残る。(図4,adaptaionへの影響は少ない)

一方、スプリットベルトを戻した直後(post)の時空間的非対称性は強かったことから、軽症患者であってもpost(strage)での障害が生じる可能性がある。(図4)

また、このstrageの障害は過剰な適応が起きていることも示された。(図5)

そして、post(strage)の障害が大きい患者では、後部虫部(背側小葉VIおよびCrus II)に病変がある可能性が高かった。これらの領域は主に大脳辺縁系や前頭頭頂と背側の注意ネットワークに関連していると考えられており、CrusIIは視覚運動適応に関係している。

 

f:id:onishisora23:20210428085715p:plain

図4:小脳患者と健常者の対称性を示す

f:id:onishisora23:20210428091714p:plain

図5:速い速度と遅いベルトでの立脚期時間の変化

初めは、高速側では立脚期時間は短縮するが、徐々に立脚期時間は延長する。また、遅い側では立脚期時間は延長するが、徐々に短縮する。これが、post(strage)では高速側では過剰に延長し、遅い側では過剰に短縮する。

f:id:onishisora23:20210428085847p:plain

図6:post(strage)の障害が大きい患者の障害部位

 

②大脳皮質と歩行適応

図7に示すように大脳皮質はadaptationに関係する可能性が高い。

f:id:onishisora23:20210428093559p:plain

図7

12,Spatial and Temporal Asymmetries in Gait Predict Split-Belt Adaptation Behavior in Stroke.Laura A. Malone,2014

28,Vasudevan EV, Glass RN, Packel AT (2014) Effects of traumatic

brain injury on locomotor adaptation. J Neurol Phys Ther 38:172–182.

12の文献で示すよう、stroke群は時空間的非対称性は徐々に改善されるがその適応は遅いことがわかる(図8)。また、図9はスプリットベルト後における時空間的対称性の変化を示している。スプリットベルトにより、時間的対称性が改善する患者もいれば悪化する患者もいる、また空間的対称性が改善する患者もいれば悪化する患者もいる。特に、歩幅と空間的対称性は改善しやすい

f:id:onishisora23:20210428094606p:plain

図8:ステップ、下肢関節角度、立脚期時間の対称性を示す

f:id:onishisora23:20210428095325p:plain

図9:非対称性が改善された被験者は緑色の部分に、悪化した被験者は赤色の部分に見られるようになっています。さらに、過適応(残効が絶対的な対称性を超えてしまった、灰色の部分)の被験者もいれば、過小適応(青色の部分)の被験者もいる。

 

③感覚情報と歩行適応

図10に示すように前庭は適応に大きく関与しないが、視覚は関与する可能性がある。

f:id:onishisora23:20210428095850p:plain

図10

 

基底核と歩行適応

図11に示すように、パーキンソン病患者は、歩行適応は障害されにくい。

重症者では、adaptationが遅いという報告もある。

f:id:onishisora23:20210428100326p:plain

図11

⑤脊髄CPGと歩行適応

脊髄CPGはadjustに関係する。そのため、対称性の有無にかかわらず、そもそものスプリットベルトでの歩行を可能にするのは脊髄である可能性がある。

f:id:onishisora23:20210428101213p:plain

図12

 

conclusion

大脳皮質はadaptationに関係する。大脳皮質が損傷してもadaptationは生じるが、ゆっくりであり非対称性は残存しやすい。

小脳はadaptationとstorageに関係する。小脳の損傷は、adaptationが小さかったり、生じない場合もある。また、病巣によりstorageの障害も起きる。

CPGはadjustmentsに関係する。特に、スプリットベルトでの歩行を可能にするのはCPGが起源である。

f:id:onishisora23:20210428103057p:plain




 

 

 

脳卒中後の脊髄ショックから痙縮発生まで

今回は、脳損傷後の弛緩性麻痺(脊髄ショック)から痙性麻痺までの病理についてです。

以下の3つのレビューから述べていきます。

 Revisit Spinal Shock: Pattern of Reflex Evolution during Spinal Shock.Hyun-Yoon Ko,2018

A literature review of the pathophysiology and onset of post-stroke spasticity Anthony . Ward,2011

Pathophysiology of Spasticity: Implications for Neurorehabilitation.Carlo Trompetto,2014

--------------------------------------------------------------------------------------------------

各文献の共通の目的

脳卒中後の痙性発症の病態生理を明らかにすること

 

結果

脳卒中急性期における脊髄ショックの出現

脊髄ショックを引き起こすさまざまな経路の相対的な重要性はよくわかっていないが、下等動物では、重要な下行性の影響は網様体脊髄路と前庭脊髄路であると思われ、人間を含む高等動物では、おそらく皮質脊髄路の接続がより重要であると考えられる(1)。

脊髄ショックは、皮質脊髄路、前庭脊髄路、網様体脊髄路からの脊髄介在ニューロンおよび運動ニューロンの正常な促進および抑制が失われることによって起こる(2,3)。

そのため、運動皮質の損傷は皮質脊髄線維を介した機能乖離である可能性が高い。(図1)

  f:id:onishisora23:20210417152823p:plain

図1,急激な皮質の損傷はそれと繋がりのある部位の低下を引き起こす(機能乖離)

Shock, diaschisis and von Monakow.Eliasz Engelhardt,2013

 

②痙縮の発生の原理(上位運動ニューロン障害から)

脊髄反射活動のための感覚インパルスの抑制は、背側網様体脊髄路を介して行われるとされている(4,5)。また、反射活動の促進は内側網様体脊髄路および前庭脊髄路によって調整されている。背側網様体脊髄路のみが皮質の制御下にあるため(皮質網様体路)、大脳皮質の損傷は反射の亢進を引き起こす(図2)。そして、皮質網様体路は補足運動野や運動前野からの投射が多い繊維であるため、補足運動野や運動前野の障害が痙縮との関係が強いとされている(図3)。

また、錐体線維の限局した病変は、弛緩性麻痺は示すが痙縮は観察されにくいとされている(6)。

f:id:onishisora23:20210417140135p:plain

図2,伸張反射回路を調節する下行性経路の模式図

Pathophysiology of Spasticity: Implications for Neurorehabilitation.Carlo Trompetto,2014

f:id:onishisora23:20210417161936p:plain

図3,皮質網様体路の部位

Corticoreticular pathway in the human brain: Diffusion tensor tractography study Sang Seok Yeo,2012

 

③痙縮は拘縮の原因ではなく、拘縮が痙縮の原因である

痙縮には、上位運動ニューロンの障害だけでなく、不動や短縮位での固定による筋のコンプライアンスの低下が筋紡錘の反応性を増大させ、最終的に痙縮を増悪させる(7,8)。

f:id:onishisora23:20210417163915p:plain

図4

Ward AB, et al. A literature review of the pathophysiology and onset of post-stroke spasticity. Eur J Neurol. 2012 Jan;19(1):21-7.

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

まとめ

脳損傷後の機能乖離により脊髄ショック(弛緩性麻痺)を引き起こし、数時間-数週間後には脊髄の機能は可塑的に回復することが多いとされています。

そして、大脳皮質から脊髄への抑制の障害が脊髄の過興奮を引き起こすとされています。また、痙縮には不動や不使用が強く関与します。

しかし、依然として脊髄ショックや痙縮には、不明瞭な点は多い印象です。

f:id:onishisora23:20210417172233p:plain

 

1,Bach-y-Rita P, Illis LS. Spinal shock: possible role of receptor plasticity and non synaptic transmission. Paraplegia. 1993;31:82–87.

2,Barnes CD, Schadt JC. Release of function in the spinal cord. Prog Neurobiol. 1979;12:1–13. 

3,Mendell LM. Physiological aspects of synaptic plasticity: the Ia/motoneuron connection as a model. Adv Neurol. 1988;47:337–360.

4,Ivanhoe CB, Reistetter TA. Spasticity: the misunderstood part of the upper motor neuron syndrome. Am J Phys Med Rehabil 2004; 83: S3–S9.

5,Sheean G. The pathophysiology of spasticity. Eur J Neurol 2002; 9(Suppl. 1): 3–9.

6,Individuals – Sherman et al. (2000)

7,Gracies JM : Pathophysiology of spastic paresis 2005

8,pasticity mechanisms - for the clinician Mukherjee A, 2010

 

筋シナジーとバイオメカニクス的歩行の質の関係

今回は、脳卒中患者における、筋シナジーバイオメカニクス的歩行の質(関節角度や足の長さなど)の関連性についての以下の論文を紹介します。

--------------------------------------------------------------------------------------------------

Predictive Gait Quality Measures using Modular Neuromuscular Control Parameters in Chronic Post-Stroke Individuals. Sung Yul Shin,2020

 

introduction

片麻痺患者の歩行特徴として、関節の運動(joint kinematics)や四肢の運動(limb kinematics)の非対称性が指摘されてきている。特に、joint kinematicsに関しては、麻痺側の股関節伸展、膝関節屈曲伸展、足関節背屈運動の非対称性などがあり、limb kinematicsに関しては、下肢の長さや下肢伸展角度などが挙げられる(図1)。

また、脳卒中による大脳皮質の損傷は、脳幹からの下行路や脊髄内運動ネットワークの抑制や過興奮を引き起こすことが知られており(図2)、この結果、歩行時の筋シナジーが単純化または統合され、これが歩行パフォーマンスの低下につながるとされている。(図3)

しかし、このような中枢神経系の障害が、歩行の質(特にjoint kinematicsやlimb kinematics)にどのように影響するのか、その因果関係は明らかになっていない。

f:id:onishisora23:20210408060131p:plain

図1:片麻痺患者において、歩行速度が向上するにつれて、joint kinematicsやlimb kinematicsの非対称性が改善する

(※1)Does kinematic gait quality improve with functional gait recovery? A longitudinal pilot study on early post-stroke individuals Sung Yul Shin,2020

f:id:onishisora23:20210408060547p:plain

図2:大脳皮質の損傷後は、運動の出現に脳幹下行路の興奮性の向上が関与する

Post-stroke Hemiplegic Gait: New Perspective and Insights.2018

f:id:onishisora23:20210408062047p:plain

図3:歩行速度や歩幅の非対称性に筋シナジー数の低下は関与する

Clark DJ, Ting LH, Zajac FE, Neptune RR, Kautz SA. Merging of healthy motor modules predicts reduced locomotor performance and muscle coordination complexity post-stroke. J Neurophysiol 2010;103(2):844—57.

 

object

脳卒中患者の歩行における、筋シナジーバイオメカニクス的歩行の質(関節角度や足の長さなど)の関連性を明らかにすること

 

subjects

慢性脳卒中(6か月以上)の患者16名(左半身麻痺6名,男性12名,年齢:62.9±11.1歳)を本研究に参加させた。

参加基準は、脳卒中発症後6カ月以上経過し、歩行速度にかかわらず転倒せずに自立歩行が可能であり、Modified Barthel indexが70点以上であることとしました。除外基準は,知覚・認知機能障害があり,Modified Ashworth Scaleが3点以上であることとした。(図4,患者情報)

f:id:onishisora23:20210408062900p:plain

図4

 

methods

各被験者の地上歩行中に,下半身全体の三次元運動学と筋電図のデータを同時に収集した。歩行運動データは,8台のカメラで構成されたVICONモーションキャプチャーシステム(MX T-series Vicon Motion Systems Ltd, Oxford, UK)を用いて100Hzで取得した。表面筋電図データは、Delsys Trigno(Delsys, Inc., Natick, MA)を用いて、長母指伸筋(𝐸𝐻𝐿)、前脛骨筋(𝑇𝐴)、ヒラメ筋(𝑆𝑂)、腓腹筋(𝐺𝐴)、外側広筋(𝑉𝐴)、大腿直筋(𝑅𝐹)、半腱様筋(𝑆𝑀)、大腿二頭筋(𝐵)などの筋上に設置した。

筋モジュール 処理されたEMG信号は、非負行列因子化(NNMF)を用いて、筋群の重み付けと活性化のタイミングパターンに分解された。 NNMFでは,再構成品質基準であるVariability accounted for 𝑉𝐴𝐹(筋活動のパターンがいくつの筋シナジー数で説明できるか) ≥ 90%に基づいて,筋モジュールの最小数を決定した。

limb kinematicsのパラメータには、脚伸展角(𝐿𝐸𝐴)、肢長、足道面積(𝐹𝑃𝐴)が含まれ、joint kinematicsのパラメータは,股関節の全回転,膝関節の屈曲伸展,足首の背屈を含む,選択した関節の可動域(RoM)として定義した。

f:id:onishisora23:20210408064119p:plain

図5:実験概要

麻痺側および非麻痺側の筋活動と関節角度を測定→麻痺側および非麻痺側の筋シナジーを特定、歩行の質の非対称性を特定→筋シナジーと歩行の質の関係を明確にする

 

results

①各患者の歩行時の麻痺側及び非麻痺側のモジュール数

麻痺側および非麻痺側のモジュール数の合計が4以下をグループ1に、5以上をグループ2に分類している。

f:id:onishisora23:20210408123205p:plain

図6:MMus:非麻痺側のモジュール数 MMas:麻痺側のモジュール数

MMtotal:麻痺側と非麻痺側のモジュール数の合計 subject ID:患者のID  Number of subjects:患者の合計

②グループ1とグループ2における非対称性の比較

グループ2に比べてグループ1では、下肢の長さ、面積、股関節屈伸・内外転、膝屈伸角度に有意差を認めた。(図7)

f:id:onishisora23:20210408124010p:plain

図7:グループ1と2での歩行非対称性の結果

③②で有意差を認めた下肢の長さ、面積、股関節屈伸・内外転、膝屈伸角度の非対称性とモジュール数の関係

股関節屈伸角度以外の項目で、モジュール数の増大は非対称性の減少に関係していた

図8:モジュール数と非対称

④各項目(spatiotemporal characteristics,limb kinematics,joint kinematics)の非対称性とVAFや個々の筋活動との関係

各項目は、VAFや筋活動(特に大腿四頭筋や前脛骨筋)と関連している傾向にあった。

特に、脚の長さや面積、膝の屈曲伸展角度はVAFとの関係が強かった。

f:id:onishisora23:20210409221841p:plain

図9: multiple regression model:各項目の対称性が高くなる時の式 R2:その式が各項目の何割を説明できるか


conclusion

脳卒中後に筋モジュールの数が減少した人は、歩行の質の指標、特に運動学レベルで大きな非対称性を示すことがわかった。

また、それらのパラメータは、筋モジュールからの変動説明(𝑉𝐴𝐹)と、大腿四頭筋や前脛骨筋の筋活動により説明することができた。

この結果から、神経筋制御指数と運動学的歩行の質の間には強い相関関係が存在することが示唆された。

--------------------------------------------------------------------------------------------------

まとめ

いくつかの論文では、limb kinematicsやjoint kinematicsが、大脳皮質に制御されているという可能性があげられています。

今回の論文はそれを裏付けるものであり、筋シナジーと運動学的歩行の質には関係がある可能性が高いと言えます。

この論文では、筋シナジー数を麻痺側および非麻痺側の合計で区別しており、この分類方法が適切であるのかは不明です。

また、ステップワイズ重回帰分析により、leg extention angleが麻痺側大腿直筋と関連していることなどが示されましたが、この理由は不明です。

 

 

 

歩行の代償戦略

今回は、歩行の代償戦略についてです。

歩行は複雑な動作だけに、複数の筋が筋力低下を起こしたとしても、様々な代償によりそれらの筋を補いながら歩くことができます。そのため、それらの代償がどの筋を補うために生じているのかを、明確にすることは大変重要です。(脳卒中などでは特に)

そこで、そのような歩行の代償戦略について、以下のシステマティックレビューの一部を紹介します。

Secondary gait deviations in patients with and without neurological involvement:

A systematic review.Stefan Schmid,2013

--------------------------------------------------------------------------------------------------

Secondary gait deviations in patients with and without neurological involvement:

A systematic review.Stefan Schmid,2013

 

background   

健常人の歩行は、外部モーメントを適切に利用することにより、エネルギーを効率的に変換することが可能となっています。しかし、変形(関節の拘縮や骨の変形など)、筋力低下、感覚の喪失、運動制御の障害、痛みなどを引き起こした場合は、これらの制御されたパターンを阻害するため、適切な機能を維持するためには積極的な代償戦略が必要となる場合があります。

そして、代償には、一次的な障害から物理的結果として生じた受動的な代償と、一時的な障害を補うために生じる能動的な代償があります。受動的な代償の例としては、内反尖足が生じた脳性麻痺患者の歩行でみられる体幹前傾運動などがあげられます。(図1)

      f:id:onishisora23:20210325195215p:plain

図1:CP患者の歩行

Effects of plantarflexion on pelvis and lower limb kinematics.R. Brunner,2008

 

また、能動的な代償としては、弱い膝伸展筋を補うために見られる体幹前傾や膝の過伸展歩行などがあげられます。(図2)

f:id:onishisora23:20210325225401p:plain

図2:膝伸展歩行患者の歩行代償の例

Gait pattern in Duchenne muscular dystrophy. Maria Grazia D’Angelo,2009

 

このように、様々な代償戦略があるため、どこを代償しているのか、どこの機能が低下しているのかを明確にすることは大変難しいことです。また、その原因が間違って特定されると、不必要または効果のない治療が行われる可能性があります。(※1)

purpose

症例やシミュレーション研究により得た結果を下に、それぞれの代償がどこの機能を補うためのものかを明確にすること。(今回の要約は筋力的な代償研究だけを抜粋)

 

result

本文中の以下の表をもとに話していきます。

f:id:onishisora23:20210325194955p:plain

表1:左のそれぞれの赤線が一時的機能障害であり、右がそれによる代償戦略を示す

 

①股関節伸筋の筋力低下に対する代償戦略

股関節伸筋の筋力低下は、体幹伸展位(sway back)で歩行することで代償できる。(図3)

これは、体幹の重心を股関節中心の後方に維持することができるからだと考えられる。

つまり、体幹伸展位歩行は股関節伸筋の活動を避けるための戦略になるうる。

f:id:onishisora23:20210326042452p:plain

図3:脊髄髄膜瘤患者41名をMMTの結果からグループ分けした図と、それぞれの歩行特徴を示す

Characteristic gait kinematics in persons with lumbosacral myelomeningocele. Elena M. Gutierrez,2003

 

②股関節外転筋の筋力低下に対する代償戦略

股関節外転筋の筋力低下は、デュシェンヌ歩行で代償できる。(図4)

これは体幹側屈により、股関節外転モーメントを減らすためである。

つまり、デュシェンヌ歩行は股関節外転筋の活動を避けるための戦略になりうる。

f:id:onishisora23:20210326045817p:plain

図4:股関節外転筋の筋力低下を伴うぺルテス病患者が対象。点線は健常人、赤線が患者を示す

Computerized gait analysis in Legg Calve´ Perthes disease—Analysis of the frontal plane. Bettina Westhoff,2006

 

③膝伸展筋の筋力低下に対する代償戦略

体幹前傾・骨盤前傾、膝の過伸展などで代償できる。(図2と同様)

これは、体幹を前傾させることで、身体重心を膝関節中心より前方に維持し、負荷を減らすことができるためだと考えられる。

また、これにはハムストリングスや底屈筋が関与する。

つまり、体幹前傾や膝過伸展歩行は膝関節伸展筋の活動を避けるための戦略になりうる。

f:id:onishisora23:20210325225401p:plain

図2:膝伸展歩行患者の歩行代償の例

Gait pattern in Duchenne muscular dystrophy. Maria Grazia D’Angelo,2009

 ④底屈筋の筋力低下に対する代償戦略

立脚中期で膝関節を過伸展させる(図4)

立脚期を通して、股関節・膝関節伸筋の筋活動を増大させる(図5)

立脚期後半で、股関節屈筋による振り出しを助長させる(図6)

立脚期後半で、股関節伸展角度(TLA)を増大させる

などで代償できるとされています。

これは立脚期で体重を支持するために底屈筋が大きく関与していることや、振り出しの際には股関節の屈筋とトレードオフな関係にあることを示している。

底屈筋は様々な筋の代償を担うことができる筋であり、底屈筋の筋力低下は様々な筋の負担を増大させる。

f:id:onishisora23:20210327104501p:plain

図4:脳卒中患者20名に対して、膝の過伸展がどの筋の筋力低下と関係があるのかを示した図

底屈筋の筋力低下がない患者では、MStで膝の過伸展を起こす人はいなかったが、筋力低下すると有意に増大

The Relationship of Lower Limb Muscle Strength and Knee Joint Hyperextension during the Stance Phase of Gait in Hemiparetic Stroke Patients. Allison Cooper,2011

 

f:id:onishisora23:20210327111456p:plain

図5:実線が底屈筋の筋力低下を示す脳卒中患者であり(CF,9名)、点線が健常人(CON,15名)のグラフを示す。右図は各関節の総仕事量を示す。

Evaluation of the Walking Pattern in Clubfoot Patients Who Received Early Intensive Treatment.

Tine Alkjær, M.Sc.,2000

 

f:id:onishisora23:20210327113540p:plain
図6: Charcot-Marie-Tooth patients患者を底屈筋の筋力低下を示す群(細い黒線)、比較的維持されている群

(グレー)、健常人(太い黒線)に分けた時の股関節モーメントを示す

 ⑤複数の筋の筋力低下に対する代償戦略

膝関節や足関節周囲の同時収縮(図7)

足関節底屈筋の過活動や、活動時間の延長などで代償できるとされています。

f:id:onishisora23:20210327120423p:plain

図7:複数の筋の筋力低下を示す整形疾患のおける歩行時の同時収縮

Abnormal EMG muscle activity during gait in patients without neurological disorders. R. Brunner,2008

 ⑥遊脚期でのクリアランスの低下に対する代償戦略

遊脚期での骨盤の挙上(図8)

遊脚期での股関節・膝関節の過屈曲などで代償できるとされています。

分回し歩行も、取り上げられていますが、最近はそれよりも骨盤挙上がクリアランス低下の代償であると言われています。

f:id:onishisora23:20210327122719p:plain

図8:脳卒中患者18名と健常人8名における遊脚期における骨盤傾斜角度

Biomechanical impairments and gait adaptations post-stroke:Multi-factorial associations.

Theresa Hayes Cruz,2009

 ⑦腰椎前弯の減少に対する代償戦略

膝関節屈曲歩行と関係しています。(図9)

それは、腰椎前彎の減少により身体重心が前方化するため、膝関節を屈曲させることでバランスをとっていると考えられます。

f:id:onishisora23:20210327125042p:plain

図9:腰椎後湾患者における歩行時の下肢関節角度を示す

Characterization of Gait Function in Patients With Postsurgical Sagittal (Flatback) Deformity A Prospective Study of 21 Patients Vishal Sarwahi, MD,2002

 ⑧前足部接地歩行に対する代償戦略

背屈筋の活動を低下させ、底屈筋の活動を増大させる(図10)

これは、COPの前方変位により、床反力が足関節の前方を通るためである。

また、前足部接地歩行は足関節背屈筋の活動を避けるための戦略としても使用される。

f:id:onishisora23:20210327131950p:plain
図10:薄い線は12名の脳性麻痺患者であり、黒い線は健常人を示す

An electromyographic analysis of obligatory (hemiplegic cerebral palsy) and voluntary (normal) unilateral toe-walking.J. Romkes,2007

 

conclusion

初めに述べたように、歩行の逸脱は(1) 病態に直接起因する一次的逸脱、(2) 二次的逸脱は、(a)一次的逸脱に対する物理的影響として生じる受動的二次的影響、(b)一次的逸脱と二次的物理的影響を積極的に相殺するために作用する能動的二次的逸脱(compensations)に分けられるべきである。そして、治療計画を立てるためには、二次的な歩行の逸脱に関するより良い、より包括的な知識が今後重要になる。

Stebbins J, Harrington M, Thompson N, Zavatsky A, Theologis T. Gait compensations caused by foot deformity in cerebral palsy. Gait and Posture.2010;32(2):226–30.

--------------------------------------------------------------------------------------------------

まとめ

かなり抜粋しましたが、歩行の代償戦略について述べました。

バイオメカニクス的な知識があればある程度は考えることができるものの、このようにまとめらたものを読むことで、より根拠を持って原因を明確にできるはずです。

 

脊髄損傷後の可塑性には、脊髄介在ニューロンが重要

今回は、脊髄介在ニューロンについてです。

脊髄介在ニューロンは、脊髄損傷や皮質脊髄路(CST)などの下行路が障害された際に可塑性に大きく関与します。動物実験で明らかにされていることが多いですが、人と哺乳類動物から記載された以下のレビューを紹介します。

Propriospinal Neurons: Essential Elements of Locomotor Control in the Intact and Possibly the Injured Spinal Cord. Alex M. Laliberte,2019

--------------------------------------------------------------------------------------------------

Propriospinal Neurons: Essential Elements of Locomotor Control in the Intact and Possibly the Injured Spinal Cord. Alex M. Laliberte,2019

①脊柱上運動野からの運動指令を伝達する脊髄介在ニューロン

脊髄介在ニューロンは、脊髄上運動野からの指令を脊髄や運動ニューロンに伝えるニューロンである。脊髄介在ニューロンには、各脊髄内にとどまるニューロンと各関節をまたぐ長い神経とが存在する。(図1)

 

         f:id:onishisora23:20210307212034p:plain

図①:頚髄、胸髄、腰髄上の脊髄介在ニューロンを示す

②CPGを支配するいくつかの脊髄介在ニューロン

脊髄CPGは、脊髄の長さに沿って、複数のCPGから構成されているのではないかと提案されている。短い脊髄介在ニューロンは、頚髄・腰髄に隣接するCPGへ運動命令を伝達する。長い脊髄介在ニューロンは、頚髄と腰髄のそれぞれのCPGへ運動指令を伝達する。(※1,2)

                                     f:id:onishisora23:20210307214510p:plain

図2:腰部中心パターン発生器(CPG)を支配するいくつかの脊髄介在ニューロン

脊髄介在ニューロンには多様性があり、V0-V6までの種類が存在すると人と哺乳類の実験から示されている。(図3,長いニューロンと短いニューロン、左右下肢の切り替えや屈筋伸筋の切り替え、感覚情報を伝えるなど)

このような様々な脊髄介在ニューロンがCPGへ情報を伝達することで、対照的な歩行が達成されている。

f:id:onishisora23:20210307220930p:plain

図3:それぞれの脊髄介在ニューロンの特徴

③頚椎と腰椎関節内CPGを連絡する脊髄介在ニューロン

胸髄に存在する脊髄介在ニューロン(長い脊髄介在ニューロン)は、頚髄と腰髄に存在する脊髄介在ニューロン・CPGへ情報を伝達するとされています。(図4)

         f:id:onishisora23:20210308072822p:plain

図4:頚椎と腰椎CPGを結ぶ脊髄介在ニューロン

ラットを用いた実験では、実験的に胸髄損傷を起こすと、前肢と後肢の協調性が低下することがわかっています。(図5)

           f:id:onishisora23:20210308135433p:plain

図5:胸髄損傷マウスの前肢と下肢の協調性

Juvin, L., Gal, J.-P. L., Simmers, J., and Morin, D. (2012). Cervicolumbar coordination in mammalian quadrupedal locomotion: role of spinal thoracic circuitry and limb sensory inputs.

また、同じく胸髄損傷マウスは、四足歩行訓練を行うと二足歩行訓練を行った場合に比べて、後肢の筋活動が増大すること(図6)や、胸・腰髄の神経線維が増加することが示されています。(図7)これは、胸髄損傷により、頚髄と腰髄の神経連絡が断たれた時、無傷の胸髄脊髄介在ニューロンが、腰髄への神経連絡へ関与したと言える。

     f:id:onishisora23:20210308220456p:plain

     

     f:id:onishisora23:20210308220721p:plain

図6,7:胸髄損傷マウスの四足歩行訓練による後肢筋活動と神経線維数

QT:四足歩行 BT:二足歩行 NT:非損傷群

Shah, P. K., Garcia-Alias, G., Choe, J., Gad, P., Gerasimenko, Y., Tillakaratne, N., et al. (2013). Use of quadrupedal step training to re-engage spinal interneuronal networks and improve locomotor function after spinal cord injury.

④感覚FB情報(皮膚感覚や固有感覚)を伝える脊髄介在ニューロン

腰部脊髄の脊髄介在ニューロン(dI3 INs)は、皮膚や固有感覚入力と腰髄上の入力を統合して腰髄CPGへ伝達する(図8,A)。そのため、脊髄損傷や脳卒中により、下降運動指令がない場合にCPG活動を復活させるのに重要であるとされている。これらの脊髄介在ニューロンの集団を直接刺激するか、あるいはその可塑性を高めて腰髄回路との接続性を促進することは、失われた運動機能を回復させるための効果的な治療アプローチの一部となりうる。(図8,B)

f:id:onishisora23:20210308221721p:plain

図8:感覚FB情報(皮膚感覚や固有感覚)を伝える脊髄介在ニューロン

A:正常 B:腰髄上損傷 C:dl3損傷

Bui, T. V., Stifani, N., Akay, T., and Brownstone, R. M. (2016). Spinal microcircuits comprising dI3 interneurons are necessary for motor functional recovery following spinal cord transection.

⑤脊髄損傷によるCSTなどの下行路の遮断後は、脊髄介在ニューロンが可塑性に関与

マウスの実験では、皮質脊髄路網様体脊髄路損傷後には、脊髄介在ニューロンが病変部を迂回して、運動機能を回復させることが示されている。また、リハビリテーションの実施は脊髄介在ニューロンと接続する線維数を優位に増加させる。(図9、E,H)

このように脊髄介在ニューロンは、高次運動指令を脊髄回路に伝達する役割を持ち、失われた運動入力を回復させるために、病変部位を迂回する。さらに、脊髄介在ニューロンが病変部を迂回するのに必要な距離が、皮質や脳幹のニューロンからの軸索に比べて短いことから、再生アプローチの対象としてはより容易であると指摘されている。

   f:id:onishisora23:20210308224456p:plain

図9:脊髄損傷マウスにおける脊髄介在ニューロンの可塑性

Loy, K., and Bareyre, F. M. (2019). Rehabilitation following spinal cord injury: how animal models can help our understanding of exercise-induced neuroplasticity.

 

まとめ

以上のように動物実験が中心ではありますが、脊髄介在ニューロンは、CPGや運動ニューロンへ情報を伝達させるために重要です。そして、脊髄損傷や上位中枢損傷後の可塑性に大きく関与することがわかりました。

   f:id:onishisora23:20210308230624p:plain

図10:脊髄介在ニューロンの可塑性

 

1,Mantziaris, C., Bockemühl, T., Holmes, P., Borgmann, A., Daun, S., and Büschges, A. (2017). Intra- and intersegmental influences among central pattern generating networks in the walking system of the stick insect. 

2,Gerasimenko, Y., Gad, P., Sayenko, D., McKinney, Z., Gorodnichev, R., Puhov, A., et al. (2016). Integration of sensory, spinal, and volitional descending inputs in regulation of human locomotion. 

 3,Dougherty, K. J., Zagoraiou, L., Satoh, D., Rozani, I., Doobar, S., Arber, S., et al. (2013). Locomotor rhythm generation linked to the output of spinal shox2 excitatory interneurons. Neuron 80, 920–933. doi: 10.1016/j.neuron.2013.08.015

 

小脳と歩行適応

今回は、勉強する機会があったため、小脳について行います。

小脳には、小脳核や小脳脚など脊髄や脳幹・大脳皮質から入力を受けたり、出力に関係するような領域があります。

f:id:onishisora23:20210227191542p:plain

小脳核の図 D:歯状核、G,E:中位核、F:室頂核

Imaging the deep cerebellar nuclei: A probabilistic atlas and normalization procedure. J. Diedrichsen,2011

f:id:onishisora23:20210227192002p:plain

小脳脚の図 

Perrini P, Tiezzi G, Castagna M, Vannozzi R. Three-dimensional microsurgical anatomy of cerebellar peduncles. Neurosurg Rev.2013;36(2):215–25

このように小脳は様々な領域と関与しているため、その領域が果たす機能を理解する必要があります。

今回は、小脳脚と歩行適応に焦点を当てて以下の文献から話します。

ともに対象は健常人です。

Locomotor Adaptation Is Associated with Microstructural Properties of the Inferior Cerebellar Peduncle.Sivan Jossinger,2020

Formation of Long-Term Locomotor Memories Is Associated with Functional Connectivity Changes in the Cerebellar–Thalamic–Cortical Network.Firas Mawase,2017

--------------------------------------------------------------------------------------------------

まずは下小脳脚と歩行適応についてです。

Locomotor Adaptation Is Associated with Microstructural Properties of the Inferior Cerebellar Peduncle.Sivan Jossinger,2020

以下の図はスプリットベルトと歩行適応についての図です。

歩行適応は初期学習、想起、再学習という3つの段階があります。

初期の適応とは、初めてスプリットベルトをした際に速度が変化した側の下肢が徐々にその速度の歩行に適応していくことです。(真ん中の図の緑)

想起とは、初めてスプリットベルトをしてから、再度別の時間にスプリットベルトを行った2回目以降のことを指します。つまり、初めてスプリットベルトを行った直後は、速度が変化した側の下肢のエラーは大きくなりますが、2回目にスプリットベルトを行った際にはその直後であってもエラーは減少します。

再適応も同様に2回目以降のことを指し、想起してから再度適応していく過程を指します。

f:id:onishisora23:20210227201045p:plain

図1

①以下は、初期の適応と下小脳脚の関係についです。

初期の適応には、下小脳脚が大きく関与している可能性があります。

ちなみにですが、下小脳脚は、誤差信号を伝達するための重要な経路(脊髄からの情報を下オリーブ核を介して小脳皮質に送る)であるとされています。

f:id:onishisora23:20210227201255p:plain

図2

②以下は、小脳脚の側方化についてのグラフです。

実際スプリットベルトを行っている下肢は左足であるため、左側の下小脳脚が大きく関与します。しかし、適応が大きい人ほど、右側の下小脳脚も適応に関与しているようです。つまり、歩行適応初期には両側の下小脳脚が関与していることが示唆されました。

f:id:onishisora23:20210227201602p:plain


図3

--------------------------------------------------------------------------------------------------

次に上小脳脚と歩行適応についてです。

Formation of Long-Term Locomotor Memories Is Associated with Functional Connectivity Changes in the Cerebellar–Thalamic–Cortical Network.Firas Mawase,2017

①以下は歩行の初期の適応(A)、想起(B)、再適応(C)時の、小脳と視床との連絡性、小脳とM1との連絡性を指しています。

小脳と視床との連絡においては、初期の適応に比べて想起、特に再適応において有意な相関を示しています。M1においては、想起で軽い相関がありました。

つまり、歩行適応の想起と再適応には小脳と視床における上小脳脚が重要である可能性があります。

f:id:onishisora23:20210227205533p:plain

図4

②次に、以下は初期適応時には働いていないが、再適応時に働きのあった領域を示しています。小脳Ⅴ-Ⅵ葉、CrusⅠ-Ⅱ領域である小脳半球部で活動が高まっていました。実際、上小脳脚は半球部の核である歯状核と視床-運動野との経路であるため、ここからも上小脳脚の関与がわかります。

ちなみにですが、上小脳脚は大脳や脳幹へ出力し、内部モデルを構築するために重要であるとされています。

f:id:onishisora23:20210227210236p:plain

--------------------------------------------------------------------------------------------------

まとめ

以上のように、適応初期では下小脳脚が、想起や再適応では上小脳脚が関与している可能性が示唆されています。

歩行適応は、小脳の障害部位でかなりことなるため、それぞれの機能を理解することは重要です。



 

大脳皮質(皮質脊髄路)と歩行制御

今回は、大脳皮質の運動・歩行制御への関与についてです。

以下のレビューの内、大脳皮質と歩行についての部分を抜粋してまとめていきます。

引用文献の図も含めています。

Movement goals encoded within the cortex and muscle synergies to reduce redundancy pre and post-stroke. The relevance for gait rehabilitation and the prescription of walking-aids. A literature review and scholarly discussion. Clare C. Maguire,2018

--------------------------------------------------------------------------------------------------

Movement goals encoded within the cortex and muscle synergies to reduce redundancy pre and post-stroke. The relevance for gait rehabilitation and the prescription of walking-aids. A literature review and scholarly discussion. Clare C. Maguire,2018

本レビューの目的

1) 脊髄・大脳皮質の運動・歩行制御への関与

2) 大脳皮質の指令を筋活動に変換するための手段である「筋シナジー」について

3) これらのメカニズムが脳卒中後にどのように変化するのか、リハビリテーションによりどのような影響を及ぼすのか、について検討すること。

 

本レビューの要約

①筋シナジー
シナジーとは、タスクを実行するために神経コマンドによって募集することができる筋肉のグループである(Safavynia and Ting, 2012)。

大脳皮質であれ、皮質下であれ、脊髄であれ、運動制御に関する筋肉の活性化は、筋を個別的に制御するのではなく、筋シナジーというグループを介して制御している。

つまり、筋シナジーは、運動行動の構築を簡素化する集団として見られている(Chvatal, Torres-Oviedo, Safavynia, and Ting, 2011; Safavynia and Ting, 2013; Ting and Macpherson, 2005; Torres-Oviedo, Macpherson, and Ting, 2006)。

特定の運動目標を達成するために使用される筋シナジーパターンは、ある特定した運動ついては、個人内でも個人間でも、試験の間でも一般的に同じであることが示されている。つまり、歩行速度が変調しても、筋シナジーパターンは類似していること(Chvatal and Ting, 2012、図1)や、歩行に近い障害物跨ぎや蹴玉運動では、歩行のモジュールにそれぞれの運動に依存した波形を一つ足すだけで説明できるとされている(Yuri P Ivanenko,2006、図2)。

                           f:id:onishisora23:20210221222517p:plain

図1,Chvatal SATing LH 2012 Voluntary and reactive recruitment of locomotor muscle synergies during perturbed walking. Journal of Neuroscience 32: 1223712250.

                            f:id:onishisora23:20210221222615p:plain

図2:Motor control programs and walking.Yuri P Ivanenko, 2006 Aug;12(4):339-48.

 

②脊髄と歩行筋シナジー

基本的な歩行は、主に中枢-パターン・ジェネレータ(CPG)(Molinari, 2009)または脊髄の「パターン・ジェネレータ」(PG)制御下にあることが示唆されています。

歩行時のCPGは脊髄に蓄積されており、脊髄刺激によって協調的な筋活動が引き起こされることから、CPGは脊髄にあり、筋シナジーの多くも脊髄にコード化されている。(Ivanenko,2004、図3)

                                 f:id:onishisora23:20210221223737p:plain

図3:Five basic muscle activation patterns account for muscle activity during human locomotion. Ivanenko,2004 

③大脳皮質と歩行筋シナジー

しかし、脊髄PG活動をサポートするために、定常的な摂動しない歩行中であっても皮質活動の重要性が強調されている(Petersen, Willerslev-Olsen, Conway, and Nielsen, 2012)。皮質信号は脊髄ネットワークと相互作用し、四肢運動の正確な変化が基本的な歩行パターンに適切に統合されるようにする。ステップサイクルの間や特にスイングの開始時により強く活動する(Drew, Kalaska, and Krouchev, 2008)。

大脳皮質の活動は、プログラム(筋シナジー)の選択と調整に関連しているとされてきている。

④健康的な歩行時の筋シナジー

ヒトの歩行中の筋活動および協調性を制御するために、4〜5個の筋シナジーが同定されている(Chvatal and Ting, 2012; Ivanenko, Poppele, and Lacquaniti, 2004; McGowan, Neptune, Clark, and Kautz, 2010)。これらは、「Central-Pattern-Generators」または単に脊髄の「Pattern Generators」(PG)を介して実行されることが示唆されている(図1)。スイング相は中枢の皮質制御の影響がより強い(Petersen, Willerslev-Olsen, Conway, and Nielsen, 2012)ので、シナジー3と5の活性化には皮質入力がより重要であることを示唆しているかもしれない。

     f:id:onishisora23:20210221225238p:plain

図4,本論文による図

シナジー1:初期のスタンスで身体のサポートを提供する。股関節と膝の伸展筋と股関節外転筋が活性化される。シナジー2:足首の足底屈筋(腓腹筋、ヒラメ筋)が活性化される。シナジー3:スイングの初期に足のクリアランスに寄与する。前脛骨筋と大腿直筋が活性化シナジー4:レイトスイング時に脚を減速させる機能を発揮し、初期スタンス時に身体の前方への推進力をサポートする。膝の屈筋と股関節の伸筋(大腿二頭筋、半腱、半膜症)は、スイング後期とスタンス初期に活性化する(Cappellini, Ivanenko, Poppele, and Lacquaniti, 2006; McGowan, Neptune, Clark, and Kautz, 2010; Neptune, Clark, and Kautz, 2009)。また、5つ目のモジュールについて記述している著者もいます。シナジー5:股関節屈筋(腸骨筋)は、スイング前とスイング中に脚にエネルギーを加え、スイング中に体幹から脚にエネルギーを伝達する機能を持つ(McGowan, Neptune, Clark, and Kautz, 2010)。

脳卒中による大脳皮質損傷後の筋シナジ-

脳卒中患者は、下行神経経路の障害を反映している可能性があり、運動機能の障害と相関している可能性がある、リクルートされた筋シナジーの数に違いがある(Clarkら、2010; Safavynia, Torres-Oviedo, and Ting, 2011)。健常者の歩行中に一貫して記述されている4つの筋シナジーは、脳卒中後の被験者では組み合わされ、少ないシナジーが採用される。また、これは共拘縮および障害の増加と相関している。

         f:id:onishisora23:20210221231230p:plain

図5,本論文による図   様々なシナジーの組み合わせを示す。

Clark DJTing LHZajac FENeptune RRKautz SA 2010 Merging of healthy motor modules predicts reduced locomotor performance and muscle coordination complexity post-stroke. Journal of Neurophysiology 103: 844857. より改変

脳卒中後の神経変化

脳卒中は主に皮質または皮質下のネットワークを障害するため、脊髄の「パターンジェネレーター」PGとしてコード化された運動を制御する筋シナジーは、最初は脳卒中後も無傷のままである。下降入力の変化により、シナジーを選択的にリクルートする能力が低下し、歩行時に複数のシナジーが同時に活性化されるようになる。

また、運動ニューロン(MN)プールと拡散的な接続性を示す網様体脊髄路の活動が増加することが、筋シナジー結合につながることが示唆されている(Clark et al.2010)

研究では、脳卒中後の患者では脊髄回路の神経可塑性変化が起こることが示されている(Knikou, 2010; Sist, Fouad, and Winship, 2014、図6)が、これは使用に依存する(Knikou, 2012; Nudo, 2003)。このように、いくつかの筋シナジーを一緒に繰り返し活性化することで、脊髄レベルの神経回路が構造的に融合して一つのシナジーになる可能性がある。この考えは、運動を繰り返すことでシナジーの構成と時間的活性化が変化することを示唆する研究によって支持されている(Safavynia, Torres-Oviedo, and Ting, 2011)。このような二次的な変化は、選択的なコントロール能力の低下とそれに対応する機能の低下を強化する可能性がある。

         f:id:onishisora23:20210221234605p:plain

図6,Knikou M 2010 Neural control of locomotion and training-induced plasticity after spinal and cerebral lesions. Clinical Neurophysiology 121: 1655–1668.

リハビリテーション

運動の皮質表現は筋シナジーと関連しているので、特定の課題志向練習は、歩行を制御する皮質ニューロンネットワークの回復に積極的に影響を与える可能性がある。

タスクに特化した高用量の機能的活動の練習は、皮質と脊髄の可塑性に正の影響を与え(Martinez, Delivet-Mongrain, Leblond, and Rossignol, 2012; Nudo, Milliken, Jenkins, and Merzenich, 1996)、機能的転帰を改善する(Carr and Shepherd, 1987; Nadeau et al., 2013; Wirz et al., 2005) 。これらの知見を総合すると、筋シナジーの選択的活性化を促進するリハビリテーション介入が有益である可能性が示唆される。我々は、このメカニズムが、訓練中の代償的戦略を防ぐことによって選択的運動を「強制」する研究の効果を説明しているのではないかと仮説を立てている(Michaelsen, Dannenbaum, and Levin, 2006; Wee, Hughes, Warner, and Burridge, 2014)。

これらの介入の一貫して重要な側面の一つは、健康的な歩行に基づく運動学的および運動学的パターンの維持である(Hornby et al., 2008; Plummer et al., 2007)。

つまり、代償や異常な運動はできるだけ制御し、股関節、膝関節、足関節における典型的な屈曲と伸展の運動範囲、対称的で均等な歩幅、体重移動、および立脚期における片麻痺者の脚への体重負荷は、単純化した筋シナジーの改善に重要です。

また、脳卒中前の歩行パターンは、適切な感覚入力によって受動的にも能動的にも促進される。速やかに活性化された関節、筋肉、皮膚の感覚求心性情報からの脊髄回路への末梢フィードバックは、健常な歩行からの末梢求心性情報フィードバックを反映し、脳卒中前の脊髄PGと筋シナジーに似た脊髄回路の活性化または再形成をサポートする可能性がある。

--------------------------------------------------------------------------------------------------

まとめ

大脳皮質と歩行と筋シナジーについてわかりやすくまとめられているレビューでした。

特に、筋シナジーを単調にするということは、円滑に筋力を発揮することが困難になった脳卒中患者が、安定して歩行するための代償戦略の一つであると言えます(同時収縮なども同様。そのため、そのような患者にとって、どこが悪いから代償戦略が起きているのか考え、適切なアプローチを行っていくことが、筋シナジーの改善にも繋がってくると考えています。

    • Chvatal SATorres-Oviedo GSafavynia SATing LH 2011 Common muscle synergies for control of center of mass and force in nonstepping and stepping postural behaviors. Journal of Neurophysiology 106: 9991015. 
    • Safavynia SATing LH 2012 Task-level feedback can explain temporal recruitment of spatially fixed muscle synergies throughout postural perturbations. Journal of Neurophysiology 107: 159177.
    • Torres-Oviedo GMacpherson JMTing LH 2006 Muscle synergy organization is robust across a variety of postural perturbations. Journal of Neurophysiology 96: 15301546. 
    • Petersen THWillerslev-Olsen MConway BANielsen JB 2012 The motor cortex drives the muscles during walking in human subjects. Journal of Physiology 590: 24432452. 
    • Drew TKalaska JKrouchev N 2008 Muscle synergies during locomotion in the cat: a model for motor cortex control. Journal of Physiology 586: 12391245.
    • Clark DJTing LHZajac FENeptune RRKautz SA 2010 Merging of healthy motor modules predicts reduced locomotor performance and muscle coordination complexity post-stroke. Journal of Neurophysiology 103: 844857. 
    • Knikou M 2010 Neural control of locomotion and training-induced plasticity after spinal and cerebral lesions. Clinical Neurophysiology 121: 16551668.
    • Sist BFouad KWinship IR 2014 Plasticity beyond peri-infarct cortex: spinal up regulation of structural plasticity, neurotrophins, and inflammatory cytokines during recovery from cortical stroke. Experimental Neurology 252: 4756.
    • Knikou M 2012 Plasticity of corticospinal neural control after locomotor training in human spinal cord injury. Neural Plasticity 2012: 113. 
    • Hornby TGCampbell DDKahn JHDemott TMoore JLRoth HR 2008 Enhanced gait-related improvements after therapist- versus robotic-assisted locomotor training in subjects with chronic stroke: a randomized controlled study. Stroke 39: 17861792.